製造業には、「サプライチェーン」と「エンジニアリングチェーン」と呼ばれるプロセスがあります。いずれも最適化することにより業務の効率化を実現し、企業の価値を高めるのに貢献します。特にサプライチェーンは製造業の根幹をなす重要なプロセスであるため、常に現状を見直して改善することが求められています。

このコラムでは、製造業におけるサプライチェーンとエンジニアリングチェーンについて解説します。それぞれの特徴や効率化を図るための方法についても触れるため、ぜひ参考にしてみてください。

製造業のサプライチェーンとエンジニアリングチェーンの違いとは?
(画像=KPsPhotography/stock.adobe.com)

目次

  1. サプライチェーンとは
  2. エンジニアリングチェーンとは?
  3. サプライチェーンとエンジニアリングチェーンの違い
  4. 製造業におけるその他のチェーン
  5. サプライチェーンにおける課題
  6. エンジニアリングチェーンでよくある課題
  7. サプライチェーンマネジメントが求められる理由
  8. エンジニアリングチェーンマネジメントが求められる理由
  9. サプライチェーンマネジメント(SCM)を活用するメリット
  10. エンジニアリングチェーンマネジメント(ECM)を活用するメリット
  11. 個別ではなく総合的な見直しが重要

サプライチェーンとは

サプライチェーン(Supply Chain)とは、製造業が商品を生産し、販売を通じて消費者のもとへ届けるまでのプロセスです。具体的には商品を作るための原材料の調達、商品の加工・生産、在庫管理、出荷・配送、販売といった流れがあります。

経済産業省は通商白書2021で「サプライチェーンとは、商品の企画・開発から、原材料や部品などの調達、生産、在庫管理、配送、販売、消費までのプロセス全体を指し、商品が最終消費者に届くまでの「供給の連鎖」である」としています。

このように、サプライチェーンは製造業が商品を作るために必要な工程であり、1つの企業ではなく複数の企業との取引によって成り立っています。例えば、原材料調達には仕入れ業者(サプライヤー)、製造元(メーカー)、物流業者、卸売業者、小売業者などが存在します。

サプライチェーンの基本的な形はどの企業も変わりませんが、扱う商品の種類や数によってその内容は大きく異なります。例えば、海外から材料を調達する場合や、グループ会社が製造した部品を使って製品を作る場合など、さまざまなパターンが考えられるでしょう。

このように、場合によってはサプライチェーンの内容が複雑になり、管理が煩雑化することも少なくありません。実際に、各プロセスに遅れが生じると生産スケジュールに狂いが生じる可能性があります。

原材料価格や生産スケジュールによって、売り上げやコスト、収益が変わるため、製造業にとってサプライチェーンの最適化は必要不可欠といえるでしょう。また、このサプライチェーンを最適化するために管理・運用することをサプライチェーンマネジメント(SCM)と呼びます。

製造業のサプライチェーンとエンジニアリングチェーンの違いとは?

エンジニアリングチェーンとは?

エンジニアリングチェーン(Engineering Chain)とは、製造業のプロセスの中でも設計部門を中心とした製造過程の一連の流れです。主に、製品の企画構想から設計、工程、設備の設計、生産準備などが含まれます。

このエンジニアリングチェーンの内容により、製品の品質や生産体制の効率などが変わり、結果として企業価値に大きく影響するため、製造業において重要なプロセスでもあります。実際に、エンジニアリングチェーンは製造業の各プロセスの最適化や、開発力の向上を目的として分析や改善が行われます。

サプライチェーンとエンジニアリングチェーンの違い

サプライチェーンとエンジニアリングチェーンの主な違いは、その対象範囲です。サプライチェーンは原材料の調達から販売までの工程ですが、エンジニアリングチェーンには実際の製造過程は含まれません。製品や生産設備の設計などが該当するため、商品を生産するよりも前の段階の工程です。

このエンジニアリングチェーンを最適化する仕組み・取り組みをエンジニアリングチェーンマネジメント(ECM)と呼びます。

サプライチェーンとエンジニアリングチェーンの違い

製造業におけるその他のチェーン

製造業にとってサプライチェーンやエンジニアリングチェーンは、製品や企業の価値を高めるために重要なプロセスです。しかし、それ以外にも製造業にはいくつかのチェーンがあり、それぞれを最適化することにより、業務の効率化が図れます。ここでは、製造業におけるサプライチェーン・エンジニアリングチェーン以外の種類を紹介します。

バリューチェーン

バリューチェーンとは「価値連鎖」のことであり、商品が顧客に提供されるまでの一連のプロセスの中で、生み出される価値を1つの流れとして考えるものです。1985年にアメリカの経営学者であるマイケル・E・ポーター氏が用いた概念であり、分析・最適化することで、商品や企業の価値を高めるために用いられます。

製造業は規模が大きくなるほど、消費者に商品が届くまでのプロセスが複雑化します。その中で、自社が提供する価値に着目し、事業活動を分析することにより、課題や改善点の発見につなげます。

デマンドチェーン

デマンドチェーンとは、消費者側の流通の川下からメーカー側の川上側へさかのぼる情報の流れです。主に市場や顧客の調査などのマーケティング活動を行い、需要予測や商品開発などに役立つ情報を収集します。

口コミや購買情報の収集など以外にも、営業活動による需要や顧客拡大などの活動も含まれます。デマンド(Demand)とは需要のことであるため、需要の流れや情報を整理し、正確に捉えることが目的です。

サプライチェーンにおける課題

サプライチェーンでは、各工程が複雑化・煩雑化することによってさまざまな問題が発生することがあります。これらの問題をクリアにし、利益を高めるためにはどのような課題があるかを把握しましょう。ここでは、サプライチェーンでよくある課題をご紹介します。

内容が複雑化し把握しにくい

先ほどの通り、商品の種類・数、取引先の企業など複数の要素により、サプライチェーンは複雑になります。そのため、サプライチェーン全体を細部まで把握できないことがあります。適切にサプライチェーンを管理できておらず最適化されていなければ、そのプロセスの中に無駄が生まれるでしょう。

例えば、原材料の仕入価格の選定が甘く、長い期間価格が更新されていない場合、より安い価格で資材を調達できる可能性があります。もし月間1000万個を生産する商品の原材料価格が1円でも違うと、1ヵ月に1000万円の差が生まれます。

調達工程以外にも、サプライチェーンにはさまざまなプロセスがあるため、最適化を図るためにはそれらを把握しなければならないでしょう。

無駄なコストが発生しやすい

サプライチェーンの可視化や各社・部門との連携がうまくいっていないと、余剰在庫を抱えるなどにより無駄なコストが発生する可能性があります。先ほどの通り、サプライチェーンは複雑化しやすく、細部まで管理できない事態になりかねません。

調達コスト以外に生産コストや管理コストなど、さまざまなプロセスに無駄なコストが発生することも考えられます。他にも、納期などのスケジュールの圧迫により、生産計画が遅れ、生産数が最大化されないこともあります。

他社・他部門との連携を取りにくい

サプライチェーンは1社だけでなく、さまざまな企業との取引によって成立しています。また、1つの製造業の中でも、複数の部門が密接に関わっているでしょう。そのため、サプライチェーンを最適化するためには、それぞれの企業・部署が連携を取らなければなりません。

しかし、サプライチェーンが複雑化することにより、各部門間の連携や調整が難しくなります。共有事項やスケジュールなどをうまく連携していなければ、納期遅れなどのミスが発生する可能性が高まります。

セキュリティリスクが発生

セキュリティ対策も見落とせない重要事項です。実際、2022年には大手自動車メーカーのサプライチェーンを構成していた企業が、マルウェアによるサイバー攻撃を受けるという事件がありました。このことでグループ企業を含めた自動車の生産活動が停止するというトラブルが起きました。

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エンジニアリングチェーンでよくある課題

エンジニアリングチェーンは、商品の価値を決める重要なプロセスですが、いくつかの課題を抱えるケースが多くあります。ここでは、エンジニアリングチェーンが抱える課題についてご紹介します。

情報伝達・共有や連携

エンジニアリングチェーンの各プロセスは、それぞれの担当者がデータや情報を管理しているため、個人に依存しやすい傾向があります。そのため、設計の工程で見つかった懸念事項や課題などが、部署間や生産工程に共有されない可能性があります。

特に、コミュニケーション手段のデジタル化が進んでいなければ情報共有はより難しくなるでしょう。エンジニアリングチェーンはサプライチェーンと密接に関係していることもあり、情報共有が適切に行われていなければ、生産体制に影響が出ることもあります。

また、連携がうまくいかないことにより、後の工程に影響が出る可能性もあるでしょう。例えば、生産システムの稼働が停止するような懸念事項が共有されていない場合には、大きな損失が生まれる可能性もあるため注意しなければなりません。

成果物のバージョン管理

エンジニアリングチェーンでは、成果物のバージョンも適切に管理しなければなりません。また、最新版の情報を関連部署に共有・連携することも必要です。リアルタイムに情報共有できなければ、該当事項の把握に時間差が生じる可能性があり、適切な工数を把握するために余計な時間が発生することもあるでしょう。

連携不足による課題や問題 出典:製造基盤白書(ものづくり白書)2020内の資料 三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)「我が国ものづくり産業の課題と対応の方向性に関する調査」(2019年12月)
連携不足による課題や問題 出典:製造基盤白書(ものづくり白書)2020内の資料 三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)「我が国ものづくり産業の課題と対応の方向性に関する調査」(2019年12月)

サプライチェーンマネジメントが求められる理由

サプライチェーンを最適化する仕組みである「サプライチェーンマネジメント」は、製造業にとって重要な役割を担っています。ここでは、サプライチェーンマネジメントが求められる理由についてご紹介します。

製造業のグローバル化

近年では、製造業の生産拠点を海外に移す企業が増えています。国内だけでなく海外に商品を販売する場合は、生産拠点が海外にある方が流通面の都合は良いでしょう。また、現地で原材料を仕入れられるため調達コストも抑えられます。

他にも、人件費が安い地域に生産拠点を構えることで、生産コストの削減も期待できるでしょう。しかし、国内だけでなく海外にまでサプライチェーンを伸ばすことにより、さらにプロセスは複雑化します。

これまでよりも管理が難しくなるため、サプライチェーン全体を管理・把握できるように、ITシステムを導入するなど、対策が必要になってきます。

慢性的な人手不足

国内では少子高齢化の影響により製造業は慢性的な人手不足です。今は人材が充足している場合でも、従業員の退職などによって人員が不足する可能性はあります。また、必要な工数に対し人員が不足している場合は、人材を補充するか工数を削減するしかありません。

もちろん人手を確保することも重要ですが、サプライチェーンを最適化することによって工数を削減することも求められています。

エンジニアリングチェーンにIoTが影響を及ぼす

近年では、IT技術が発展しているため、サプライチェーンのデータを活用することで、各業務をより効率化できます。例えば、IoTを活用することによって収集できるデータ量が増えます。さらに、AI技術を活用することで収集したビッグデータを有効活用できるでしょう。

従来のサプライチェーンマネジメントではなく、最新技術を取り入れることで、さらに高いレベルを目指せます。その結果、サプライチェーンのプロセスの一部を自動化したり、精度が高い需要予測を実現できたりするでしょう。

エンジニアリングチェーンマネジメントが求められる理由

製造業のさまざまな活動の価値を高め、最適な環境で商品を生産するためには、エンジニアリングチェーンの最適化が必須です。エンジニアリングチェーンを適切に管理するエンジニアリングチェーンマネジメントも重要な役割を担っているでしょう。ここでは、エンジニアリングチェーンマネジメントが求められる理由についてご紹介します。

顧客ニーズの多様化

近年では、顧客ニーズが多様化しており、以前までの大量生産・大量消費ではなく、多品種少量生産へと移りつつあります。また、新しく生まれた顧客ニーズが長続きするとは限りません。そのため、製造業は新しい価値を創造し、商品を開発・生産するサイクルを短縮することが求められます。

価格競争の激化

エンジニアリングチェーンは、商品の品質や価値を高めたり、生産効率を高めたりすることによりコスト削減を可能にします。その結果、企業としての利益を高めやすくなります。しかし近年では、日本よりも原材料や人件費が安い国で製造された製品の品質が向上しています。

そのことによって、価格競争が激化しているでしょう。企業として利益率を高めるためにも、エンジニアリングチェーンマネジメントは必須です。

サプライチェーンマネジメント(SCM)を活用するメリット

ITシステムとしてのサプライチェーンマネジメント(SCM)を活用するメリットは多くあります。ここでは、サプライチェーンマネジメントを活用するメリットをご紹介します。

コスト削減

製造業の最大の目的は利益の最大化であり、それを実現するためには売り上げの最大化とコストの最小化を目指さなければなりません。SCMを活用し、サプライチェーン全体を把握することで、業務効率化を図れるだけでなく、コストの無駄も発見しやすくなります。原材料の調達だけでなく、配送ルートの最適化によりコストを削減できるでしょう。

在庫の最適化

サプライチェーンを適切に管理することにより、生産計画を立てやすくなります。また、精度が高い需要予測により、適正量を仕入れて生産することも可能です。その結果として、在庫の最適化を図りやすくなります。

商品や原材料の在庫が不足すると供給が滞り、過剰在庫になってしまいます。そうなるとキャッシュフローの圧迫につながります。例えば、食品メーカーであれば、過剰在庫は原材料や商品の品質低下を招く要因になり、大きな損失が生まれる可能性もあります。

リソースの最適化

SCMの活用により、サプライチェーンの最適化が実現できると、全体を俯瞰(ふかん)しやすくなり状況も把握しやすくなります。各プロセスの情報が一元化されることで、課題や改善点を早期に見つけやすくなる点もメリットです。

各工程における無駄を見つけることで、人材や設備などのリソースを再配置し、業務効率化を図れます。その結果、人材不足を解消できたり、リードタイムを短縮できたりします。

エンジニアリングチェーンマネジメント(ECM)を活用するメリット

エンジニアリングチェーンマネジメント(ECM)を活用することにより、設計や商品情報などを共有しやすくなります。アップロードされた生産設備などの設計を共有することで、リードタイムを短縮できるでしょう。

同様に、商品の情報を共有することにより、その商品の製造コストの削減や品質向上が見込めます。情報共有がスムーズに行われることで、サプライチェーンにおけるリードタイムも確保しやすくなるでしょう。

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個別ではなく総合的な見直しが重要

製造業の中には、サプライチェーンとエンジニアリングチェーンが存在しており、それぞれ効率化・最適化することにより、利益を追求しやすくなります。サプライチェーンは原材料の調達から販売までのプロセスであるため、製造業において重要な流れです。そのため、最適化することにより、コスト削減や業務の効率化を図れるでしょう。

エンジニアリングチェーンは、商品の企画や生産設備の設計などの流れであり、商品や企業の価値を高めるのに役立ちます。2つのチェーンはいずれも重要な役割を担いますが、それぞれ関わりあっているため、個別ではなく総合的な見直しが重要です。サプライチェーンとエンジニアリングチェーンの特徴を押さえ、自社にとって最適な環境を構築しましょう。

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