サプライチェーン排出量はなぜ注目される?算定方法も含めて紹介
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世界中の企業にとって、今では「サプライチェーン排出量」が重要テーマになっています。投資家や消費者も注目し始めており、企業評価や資金調達に関わるケースも出てきました。なぜこのテーマが注目されるのか、排出量の算定方法や事例と合わせて解説します。

目次

  1. サプライチェーン排出量とは?
  2. SCOPE3が重要なポイントと言われる理由
  3. サプライチェーン排出量を算定が必要な背景
  4. サプライチェーン排出量の基本的な計算手順
  5. サプライチェーン排出量の算定の事例
  6. サプライチェーン排出量の算定に役立つツールや支援
  7. サプライチェーン排出量の算定を始めよう

サプライチェーン排出量とは?

サプライチェーン排出量とは、事業活動に関連するすべての温室効果ガス排出量を表す指標です。以下のようにサプライチェーン全体を3つに区切り、SCOPE1からSCOPE3までの排出量を合計することで求められます。

区分概要該当する活動の例
SCOPE1事業者が直接排出した温室効果ガス。・燃料の燃焼
・工場での製品製造
SCOPE2電気・熱・蒸気の使用によって、間接的に排出された温室効果ガス。・電気の使用
・ガスの使用
SCOPE3SCOPE2以外で間接的に排出された温室効果ガス。・他社からの原材料調達
・従業員の通勤

上記を見ると分かるように、サプライチェーン排出量に含まれるのは自社の事業活動だけではありません。自社に関わるステークホルダー(他社や従業員など)の活動も含まれるので、この排出量を抑えるにはサプライチェーン全体を見直す必要があります。

直接排出量を減らすだけでは脱炭素社会が難しい状況に

世界中で環境意識が高まる中、日本は2050年までに全体で温室効果ガス排出量をゼロにする「2050年カーボンニュートラル」を目標にしています。すでに多くの企業が自社努力をしていますが、サプライチェーン全体における温室効果ガス排出量は、事業者による直接排出量の4倍以上と言われています。

つまり、それぞれの企業が直接排出量を減らす方法では、2050年カーボンニュートラルの達成は難しい状況です。脱炭素社会を実現するには、各企業がサプライチェーン全体を見直し、協力体制も築きながら排出量を減らす努力が必要になります。

SCOPE3が重要なポイントと言われる理由

サプライチェーン排出量の中でもSCOPE3には、あらゆるステークホルダーの活動が含まれます。仕入先や取引先はもちろん、従業員や消費者、投資家などの排出量も算定対象になるため、SCOPE3の見直しは温室効果ガスの大きな削減につながります。

ここからは、SCOPE3の仕組みや算定方法について詳しく見ていきましょう。

SCOPE3は15のカテゴリに分けられている

温室効果ガスの国際基準である「GHGプロトコル」では、15のカテゴリでSCOPE3を分類しています。

SCOPE3のカテゴリ算定対象になる活動
① 購入した製品・サービス原材料の調達やサービスの製造
② 資本財施設・設備の建設または製造
③燃料及びエネルギー関連活動
(※SCOPE1、SCOPE2に含まれないもの)
電気や熱を製造するための燃料調達
④ 上流の輸送・配送外部に委託した流通
⑤ 事業活動から出る廃棄物自社以外の廃棄物の輸送や処理
⑥ 出張従業員の出張または移動(交通機関の排出量)
⑦ 雇用者の通勤従業員の通勤(交通機関の排出量)
⑧ 上流のリース資産借りているリース資産の操業
⑨ 下流の輸送・配送製造販売した製品やサービスの流通
⑩ 販売製品の加工製造販売した製品やサービスの加工
⑪ 販売製品の使用製造販売した製品やサービスの使用
⑫ 販売製品の廃棄製造販売した製品やサービスの処理
⑬ 下流のリース資産他社に貸し出しているリース資産の運用
⑭ フランチャイズフランチャイズ加盟者の事業活動(SCOPE1やSCOPE2)
⑮ 投資株式や債券などの運用

SCOPE3の仕組みを理解するには、以下のように「上流」と「下流」の違いも押さえる必要があります。

排出量算定の上流と下流の考え方
環境省「排出量算定について」をを加工して作成

上流とは、事業活動のうち購入に関わる温室効果ガスの排出であり、上記の表では①~⑧が該当します。一方で、⑨~⑮の販売に関わる排出は下流に区分されています。

SCOPE3の重複分はどうなる?

SCOPE3の排出源にはあらゆるステークホルダーが含まれるため、例えば同じ取引先を抱えるA社とB社では、算定する温室効果ガス排出量が重複します。この重複分は企業単体の成果にはなりますが、統計上では算定基準に含まれません。

つまり、他社との重複分も削減実績として認められるので、サプライチェーンの重複を意識せず積極的に取り組める仕組みになっています。

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サプライチェーン排出量を算定が必要な背景

サプライチェーン排出量の算定には手間がかかりますが、分析を通して効果的な施策を打ち出すと、企業はさまざまなメリットを得られます。世界中で環境への意識が高まっている現状を考えると、そのメリットは大きいものです。

ここからは、企業が特に押さえたい3つのメリットを見ていきましょう。

環境意識の高い投資家や消費者から注目される

2015年にSDGs(持続可能な開発目標)が採択されたことで、近年では世界中で環境意識が高まっています。企業もその影響を大きく受けており、日本でもESG(環境・社会・ガバメント)の観点から投資をする投資家が増えてきました。

サプライチェーン排出量はなぜ注目される?算定方法も含めて紹介
(引用:ニッセイ基礎研究所「ESG投資の近年の進展」)

つまり、サプライチェーン排出量の削減は投資家へのアピールになるため、資金調達のハードルを下げられる可能性があります。また、環境意識の高い消費者から注目されるなど、施策によっては収益面にも良い効果が表れるでしょう。

事業戦略の方向性を見極めやすくなる

サプライチェーン排出量を算定すると、温室効果ガスを優先的に削減すべきプロセスが明確になります。合わせて具体的な数値目標も立てられるので、事業戦略の方向性を見極めやすくなるでしょう。

また、可視化した課題や数値目標が共有できることによって、社内で意思統一を図りやすくなる点もメリットになります。

他社との関係強化につながる

サプライチェーン排出量の多くを占めるSCOPE3を改善するには、他社との連携が欠かせません。輸送・配送のルートを変えたり、受注締め時間の調整など、仕入先や取引先も含めたプロセスを見直す必要があります。

協力体制の構築は難しいものですが、近年ではSDGsやCSR(※)の一環として、パートナーに環境対策を求めるケースも見られるようになりました。そのような企業に向けて自社のサプライチェーン排出量を算定すれば、関係強化や新規顧客開拓につながる可能性があります。

(※)あらゆるステークホルダーに対して、社会的責任や説明責任などを果たす活動のこと。

サプライチェーン排出量の基本的な計算手順

サプライチェーン排出量の算定方法は、環境省のガイドラインでまとめられています。自社のデータに「排出原単位」を掛け合わせる簡易的な方法があるため、取引先から排出量データの提供を受ける必要はありません(※他社データの提供によっても算定可能)

実際にはどのような手順で算定するのか、以下では4つのステップに分けて解説します。

【手順1】算定目標を設定する

サプライチェーン排出量は、算定することが目的ではありません。各カテゴリの排出量から課題を洗い出し、経営方針に合った施策を進めることが目的になるため、算定目標は先に立てておく必要があります。

将来的に目指している企業像や、前述のどのメリットを重視するのかなどを意識して、まずは最終的な目標を決めましょう。

【手順2】算定対象の範囲を明確にする

サプライチェーン排出量に含まれるプロセスは、企業によって異なります。例えば、取引先が限られる地方の企業は少ないデータで算定できますが、大手グループに属するような場合は、グループ全体を自社として算定することが基本です。

また、サプライチェーンの全体像も把握する必要があるので、事業ごとに調達から消費までのプロセスを整理しておきましょう。

【手順3】すべての事業活動をカテゴリに分類する

次は、SCOPE3に含まれる事業活動を前述の通り15のカテゴリに分類します。漏れなく分類する必要はありますが、以下の活動については除外しても構いません。

カテゴリ分類から除外できる活動
・サプライチェーン全体の排出量に比べて影響が少ない活動
・事業者による排出削減が難しい活動
・必要なデータを収集できない活動
・算定目標を踏まえて不要と判断した活動
・いずれのカテゴリにも属さない活動

各カテゴリに含まれる事業活動によって算定結果は変わってくるため、除外するかどうかは慎重に判断することが重要です。活動内容だけでは判断が難しいこともあるので、上記に該当しても必要に応じて試算やデータ収集を行いましょう。

【手順4】カテゴリ別に排出量を算定する

サプライチェーン排出量は、カテゴリごとに算定方法が決められています。基本的には「データ×排出原単位」で計算できますが、参照するデータや排出原単位はカテゴリによって異なります。

参考として、以下ではカテゴリ①(購入した製品・サービス)の算定例を紹介します。

カテゴリ①における排出量の算定例

1年間に500万円分の塗料と、200万円分の舗装材料を購入した場合を想定。塗料の排出原単位は100万円あたり4.99、舗装材料は100万円あたり3.48なので…

カテゴリ①の合計排出量=塗料の排出量+舗装材料の排出量
             =(4.99×5)+(3.48×2)
             =32.91トン

上記のほか、排出原単位は物量ベースや生産者価格ベースでも計算できます。「排出量算定に関するガイドライン」を見ながら、各カテゴリの排出量を慎重に算定しましょう。

サプライチェーン排出量の算定の事例

サプライチェーン排出量は仕組みが複雑なので、算定時には社内体制を整えておく必要があります。また、算定結果から課題を洗い出し、今後の経営に活かすことも忘れてはいけません。

世の中の企業がどのように算定しているのか、ここからは環境省が公開する「サプライチェーン排出量算定事例」から参考になるものを紹介しましょう。

【事例1】充実した社内体制と明確なビジョンで、32万t-CO2の削減を実現/鹿島建設

『鹿島建設株式会社』は、気候変動への対応策としてサプライチェーン排出量の算定に取り組みました。算定にあたって社内体制をしっかりと整えており、環境分野を専門とする「環境マネジメント部会」を中心に対応することで、データ分析の精度を上げています。

また、課題の重点化や外部への情報開示など、算定結果の活用方法を明確にしている点も参考になるポイントです。定期的な見直しや評価面にも力を入れており、2020年度には建築物の運用段階だけで32万t-CO2の削減を実現しました。

【事例2】代表的商品の算定結果から、全体の排出量を予測/味の素

『味の素株式会社』は、2016年度からグループ全体を対象にサプライチェーン排出量を算定しています。同社は算定結果をステークホルダーに情報開示することで、機関投資家が格付け評価しやすい環境を整えました。

参考になるポイントとしては、代表的商品の排出量を精査し、その結果から全体の排出量を予測している点が挙げられます。同社のように豊富な商品を取り扱っている企業は、全商品の精査が難しい傾向にあります。

最終的な目的は算定結果の活用なので、実態と分析結果に大きな乖離がない場合は、一部の工程を省くことも検討してみましょう。

サプライチェーン排出量の算定に役立つツールや支援

サプライチェーン排出量の算定時には、活用できるツールや支援策があります。コストや人材が限られている企業は、専門の部署などを立ち上げることは難しいため、以下のものを積極的に活用しましょう。

排出量算定の基礎を学べる『基本ガイドライン』

環境省と経済産業省は、サプライチェーン排出量の国際基準に準拠した基本ガイドラインを公開しています。この資料では算定の基本的な考え方のほか、温室効果ガスが注目される背景や用語解説なども記載されています。

世界の動向に合わせて最新版がリリースされるので、こまめに確認することをおすすめします。

表計算ソフトで排出量を算定できる『算定支援ツール』

環境省が無料公開している、表計算ソフトを使ってサプライチェーン排出量を算定できるツールです。ガイドラインに掲載されている方法が網羅されているため、さまざまな業態・業種に活用できます。

ただし、2014年3月に作成されているので、最新のガイドラインに準拠しているとは限りません。データを入力する前に仕様を理解し、有効なものであることを確認しましょう。

資産などの排出原単位を確認できる『排出原単位データベース』

こちらも環境庁が公開している、排出原単位を一覧表で確認できるツールです。表計算ソフトに「物量ベース・生産者価格ベース・購入者価格ベース」での排出原単位が記載されており、海外のデータもまとめられています。

不定期で最新版がアップロードされるため、基本ガイドラインとの照合も必要ありません。

国内外の算定方法や事例が分かる『グリーン・バリューチェーンプラットフォーム』

脱炭素経営に関する情報がまとめられた、環境省と経済産業省によるウェブサイトです。サプライチェーン排出量の算定方法のほか、世界の動向や事例も紹介されているため、最新情報の収集に役立ちます。

ほかにも温室効果ガスの削減目標であるSBTや、再エネ電力への取り組みであるRE100など、近年のテーマやトレンドにあたる情報が充実しています。

排出量算定の基礎を学べるセミナーや勉強会

サプライチェーン排出量の削減は国の目標でもあるため、環境省は積極的にセミナーや勉強会を開催しています。2021年10月には、取引先へのデータ開示の手順や、算定結果の分析・PR方法を学べる勉強会が開催されました。

環境省が開催するイベントの情報は、公式サイトの「報道発表一覧」から確認できます。イベント情報に限らず、環境対策に役立つ情報が日々発信されているので、定期的に確認することを心がけましょう。

サプライチェーン排出量の算定を始めよう

温暖化問題は世界全体の課題であり、今後も環境意識は高まると考えられます。それに伴って、環境への取り組みが企業評価に直結する時代になるため、どのような企業もサプライチェーン排出量について真剣に考えなければなりません。

排出量の算定は難しいですが、算定結果から自社の課題が見えることもあります。生産性や売上のアップにもつながるので、これを機にサプライチェーン排出量を算定を検討してみましょう。

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