小野塚様鼎談

前回に引き続き、2023年2月27日に行われた「企業変革×テクノロジーの専門家3人が語る!ESGがもたらす製造業界への影響とDXの可能性」と題したウェビナーの内容を再構成してお届けします。今回は後編です。

目次

  1. 日本企業は自らの取り組みをもっと丁寧に説明すべき
  2. 日本企業のはるか前を走る欧米企業の取り組み
  3. ESG経営は一部の大企業に求められる取り組みではない
  4. ESGは経営課題そのものであり企業の長期的な成長を担保する
ウェビナーレポートシリーズ
左より田口 紀成氏(株式会社コアコンセプト・テクノロジー)、吉川 剛史氏(株式会社INDUSTRIAL-X)、福本 勲氏(株式会社東芝)

日本企業は自らの取り組みをもっと丁寧に説明すべき

田口 ここからは、少し視点を変えて、柔軟なサプライチェーンを築くための問題点について、お二人のお考えを聞かせください。まずは吉川さんからお願いします。

吉川 ESG経営を実現するためにはデータ活用が不可欠ですが、この段階に至るまでにも乗り越えるべき課題は少なくありません。

田口 どういうことでしょうか?

吉川 何を開示しなければならないのか、なぜ開示しなければいけないかという部分について腹落ちしていない企業が多いんです。例えば先ほど触れられた固定化したサプライチェーンが、事業継続性を脅かすリスクをはらんでおり、かつ自社のガバナンスのあり方が問われているのだと、切実に感じている企業はあまり多くありません。

田口 なるほど。

吉川 ESGの「E」にあたる環境については二酸化炭素(CO2)排出量など、定量化しやすい項目が多いためデジタル化に馴染みやすいのですが、社会の「S」、ガバナンスの「G」に関しては定性的な情報が主体です。経営体制や社内のカルチャーを変える取り組みを並行して進めないと状況はなかなか進みません。私がとくに気になっているのは「G」の範疇に含まれる情報セキュリティの不備です。記憶に新しいところで申し上げると、昨年、ある国内の自動車部品メーカーがサイバー攻撃を受け、取引先の完成車メーカーの工場が操業停止に陥ってしまった事件がありました。

田口 この部品メーカーだけでなく、社内のセキュリティ体制や社員のリテラシーの不備を抱える企業は多そうです。

吉川 ええ。あるセキュリティ会社の調査によると、駆除されず社内システムに潜んだまま放置されているマルウェアが少なくないといいます。セキュリティ監査や不正アクセスの防止策の徹底もさることながら、従業員教育にも注力すべきだと感じています。

福本 吉川さんがおっしゃる通り、情報セキュリティに関してはやはり人にまつわる課題が大きいのは間違いありません。一説によると企業を狙ったサイバー攻撃の約80%は人を狙ったものだといわれるほどです。いくら注意を喚起しても、メールに添付されたファイルを開いてしまう人はいなくなりませんし、今後ますます手口は巧妙になっていくでしょう。ガバナンスの観点からもセキュリティ教育の重要性はもっと認識されるべきだと思います。

田口 ガバナンス体制を整備するだけで満足するのではなく、その体制を動かすのはあくまでも従業員です。彼らの意識を高める必要性があるというのは頷けます。いまも20年、30年前のシステムが動いているラインはざらにあるので、それをどうやって安全性の高いシステムに更改していくのか。今後大きな問題になりそうですね。

福本 これはITだけに限った問題ではなく、OT(オペレーショナル・テクノロジー:制御・運用技術)にも関わることでもあるので、軽視はできません。

田口 攻撃対象となった工場の製造状況がわかると、極端な話、証券市場に何らかの影響を与えることも不可能ではないでしょう。想定外の影響もあるかも知れません。

吉川 ですから、日本企業はもっとガバナンスやリスクに対してどう認識をしていて、それに対してどのような対策を行っているか、証券市場や投資家に対してもっと丁寧に説明するべきだと思います。そうでなければ、日本企業には投資しづらいという状況が広がってしまうでしょう。

福本 結果だけでなく、そのプロセスの透明性も確保していかないといけないということだと思います。

ウェビナーレポートシリーズ
「日本企業はガバナンスやリスクに対してどう認識をし、どのような対策を行っているか、証券市場や投資家に対してもっと丁寧に説明するべきだと思います。」
(INDUSTRIAL-X 吉川氏)

日本企業のはるか前を走る欧米企業の取り組み

田口 続いて、福本さんが感じている課題について詳しく聞かせてください。

福本 まず、ESGがどのように認知を拡大してきたかについて話しをさせてください。2006年4月に当時の国連事務総長コフィー・アナン氏が、各国に対してESGを投資プロセスに組み入れるよう働きかける国連PRI(国連責任投資原則)を提唱したことがきっかけとなり、世界的な関心が高まりました。日本においては、2010年の2月に金融庁が策定した日本版スチュワードシップ・コードの影響も見逃せません。投資先企業のガバナンスや企業戦略、業績、資本構造、リスクへの対応に関する対応が求められるようになり、ここから本格的に認識が広がっていったからです。

こうした背景もあって、現在、国内外でESG投資が急速に拡大しているわけです。世界最大の年金基金であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)も、2015年9月に国連PRIの署名機関になりましたし、東証プライム市場に上場する企業は、年次報告書にサステナビリティに関する対応や開示の充実に向けて取り組みを進めるよう要請されています。米国のSEC(米国証券取引委員会)も、財務報告の一部として気候変動に関する情報開示を標準化するための規則を提案しており、もはや世界的な潮流といっても過言ではありません。

田口 企業は例外なく、ESGに対して真正面から向き合わなければならない状況になっているわけですね。

福本 その通りです。加えて欧米では定性的な情報が多いESGの取り組みを公平に評価するため、複数の評価機関が算出する「ESGスコア」の活用も進んでいます。

吉川 ESGスコアは、企業にとっての新たな成績表のようなものですね。

福本 そうです。実際、投資家自身が一社一社の取り組みを把握しスコアリングするのはあまり現実的ではありませんから、第三者による評価機関への期待が高まっているわけです。また、ESG投資は、従来から重要性が指摘されている、ステークホルダーへの責任を問うCSR(企業の社会的責任)や、投資先の倫理観や社会的責任を問うSRI(社会的責任投資)と似ていますが、ESGは自社のアイデンティティを問うものであり経営のど真ん中に位置する概念である点で、CSRとSRIとは大きく異なります。その点についても留意すべきでしょう。

田口 確かに欧米を中心にESG投資への理解が広がっている印象があります。福本さんは昨年、ドイツを訪れ世界最大級の製造業のための国際見本市「ハノーバーメッセ 2022」に参加されたそうですが、現地ではどのような議論がなされていたのでしょうか?

福本 現地で感じたのは、サステナビリティやレジリエンスへの関心の高まりです。とくにドイツの代表的な製造業者であるシーメンスが製造業界の脱炭素を推進するため、企業間で製品カーボンフットプリント情報を交換可能な基盤の構築する非営利組織「ESTAINIUM協会」の立ち上げを発表したのが印象的でした。驚いたのは、結果だけを共有するのではなく、そのプロセスや生データを共有しなければ意味がないと主張していた点です。

田口 生データを、ですか?

福本 そうです。按分などで求められた最終数字を明らかにするだけでは十分ではなく、算出に用いた計算式や計算プロセスを明らかにしなければ公平な評価はできないし、地球温暖化の本質的な解決につながらないという主張です。むろん、単純に自社のみの数字だけでは意味がなく、サプライチェーン全体をカバーするものでなければなりません。

田口 なるほど。確かにおっしゃる通りだと思うのですが、先ほどのデータセキュリティ問題と対立するのではないですか?

福本 そうかも知れません。ただ冷静に考えてみると、自社の競争優位性を脅かしかねない重要なデータはそれほど多くはないはずです。競争領域に関するデータを死守するのは当然としても、非競争領域においては他社とデータを共有することに寛容な欧米の企業文化と、内容に関わらず自社のデータを外に開示したがらない日本の企業文化との違いを感じずにはいられませんでした。

田口 企業の価値観や文化の話でもあるんですね。吉川さんは、福本さんのいまのお話を聞いていかがですか?

吉川 日本企業が持つクローズドな価値観や文化は変えるべきだと思います。そこを変えていかないと、対外的には環境に配慮していると謳いながら、実際には実効性の伴う取り組みを行っていない、いわゆる「ESGウォッシュ」が増える要因にもなるからです。ただ、福本さんのお話しにもあったように、ESGへの取り組みは金融市場の要請でもあります。やり過ごしたり、ごまかしたりすることによって企業価値を毀損する可能性は高まるので、企業は旧来の価値観や文化を乗り越え、説明責任を果たすべきだと思います。

田口 先ほど、欧米ではESGスコアの活用が進んでいるという話が出ました。本命といえるようなスタンダードが生まれつつあるのでしょうか?

吉川 私自身は、まだスタンダードと呼べる取り組みは確立されていないと見ています。

福本 評価方法や評価機関もいずれ収斂されるとは思いますが、私もいまは試行錯誤の途上にあるという認識です。だからといって、スタンダードが確立されるのを待ってから対応するのでは遅いと思います。

吉川 同感です。昨年、週刊東洋経済に掲載された記事にこんな一節がありました。「株主資本価値はソニーとアップルはほぼ同等にも関わらず、時価総額が30倍違っているのはなぜか」という問いに対して「ESGを含む非財務情報をどれだけうまく説明されているかの違い」と分析がなされていたんです。読んだ時は膝を打つ思いでした。非財務情報はその企業の潜在力を測る大事なポイントです。デファクトスタンダードが確立されなくても、自社の真摯な取り組みを魅力的に語ることは十分可能です。積極的に取り組むべきだと思います。

ウェビナーレポートシリーズ
「ハノーバーメッセ 2022に参加し、そこでシーメンスが、企業間での製品カーボンフットプリント情報について、そのプロセスや生データを含め、共有しなければ意味がないと主張していた点は印象的でした。」
(東芝 福本氏)

ESG経営は一部の大企業に求められる取り組みではない

田口 では、いままでのお話を踏まえて、今後どんな取り組みをすべきか、ファーストステップとして何から手をつけるべきかについて、お二方から意見をうかがいたいと思います。福本さんからお願いします。

福本 ESGへの取り組みは、長期的な利益や価値創造のために行うものという理解を深めることからはじめるべきだと思います。単にCO2の排出量が減ったとか、ESGスコアが上がったというのはあくまでも結果に過ぎません。もちろん結果は重要なのですが、目標を達成するためにどんな行動を起こしたか、その結果を踏まえてどう改善したかのほうが、長期的な利益や価値創造に資するのは明らかです。それはもちろん気候変動への対応だけでなく、海外の生産拠点で不法労働が横行していないか、廃棄物の管理は適切に行われているか、事業活動が生物多様性を脅かしていないかなど、グローバルなサプライチェーン全体を通じて見ていく必要があります。まずは自社内だけに留まらず、取引先を含めたモノづくりのプロセスを洗い出すことが先決す。

吉川 いまのところ、ESGへの対応は上場企業がやるべきものだと思っている方も多いのですが、ESG投資は商流のトップに立つ企業だけが考えればいいわけではありません。彼らは自社のサプライチェーンにどの企業を組み入れるべきか審査する立場。すべての企業はESGの観点から判断される可能性があることは肝に銘じるべきでしょう。まずはその認識を持つことがすべてのはじまりになるでしょうね。

福本 同感です。ここで東芝の取り組みを紹介してもいいでしょうか?

田口 お願いします。

福本 東芝デジタルソリューションズでは「Meister SRM」というクラウド版の戦略調達ソリューションを以前から提供しており、現在、国内30ほどの企業グループと1万社を超えるサプライヤーとのやり取りに利用いただいています。現在、このソリューションと連携する形で、サプライチェーンプラットフォーム「Meister SRMポータル」の提供を開始しています。この中では、サプライチェーンをつないだCO2排出量の可視化サービスや、製造業と金融業や保険業などの非製造業を含むビジネスマッチング基盤などを実現しつつあり、固定化されたサプライチェーンにはらむリスクを解消するようなプラットフォームに育てていこうと考えています。

吉川 そこまでできたら非常に素晴らしいですね。

福本 ありがとうございます。先ほど申し上げたように、柔軟なサプライチェーンの構築には、業界を超えたエコシステムと自社が与するサプライチェーンで何が起こっているかを把握する仕組みが欠かせません。製造業はもちろん、投資家にとってもメリットがあるプラットフォームにしていきたいと思っています。

吉川 いま福本さんが紹介してくださったプラットフォームが実現し、生データや推算のプロセスがつまびらかになると、ESGへの取り組みの真剣さも可視化されてくるでしょうね。中には基準を満たせずビジネスの舞台から降りざるを得ない企業も出てきそうです。うまく対応できた企業とそうでない企業の明暗が分かれる時代。いまからでも遅くないので心して準備すべきです。

田口 我々も製造現場の状態を可視化し、業務効率化につなげる「Orizuru」というサービスを通じて、比較的規模の小さなお客様とお話しする機会が多いのですが、投資余力が乏しい企業にとっては負担が増え、これまで以上に厳しい時代になるのではないかという懸念を感じるのですが、どう思われますか?

吉川 実際には公的な支援を得ての対応になるのでしょうが、海外では大企業が自らのサプライチェーンを守るために、複数の取引先企業に投資を行い、経済的な負担を軽減する動きが増えているそうです。日本でも、自社に対する投資と同じくらいサプライチェーンを構成する企業への投資が重視されるようになるかも知れません。

福本 サプライチェーン全体のガバナンスが問われるわけですから、本当に自社にとってなくてはならない存在なのであれば、サプライチェーンを守るためにも積極的に投資すべきです。私も吉川さんが指摘されたような流れが日本でも起こると思います。

田口 もう一つ質問させてください。親会社の系列以外とはあまり取引がない企業がある一方、複数のサプライチェーンに属する企業も少なくありません。そうなると、異なるデータ形式やプラットフォームへの対応が強いられ負担が増えるケースもありそうです。実は、3DCADでも同じような問題が顕在化しており対処に苦慮している企業が増えています。

福本 ドイツのインダストリー4.0がすごいと思う一つは、最初にリファレンスアーキテクチャを定義して、多くの企業が容易につながるような標準化に取り組んでいることです。企業の負担を軽減するためにも、日本も見習うべきだと思います。

吉川 ご指摘のようにデータ規格の標準化を進めることは重要な取り組みです。それが実現できない国の製造業は衰退の一途を辿るでしょう。そういう意味でも国が中心となって投資してほしい分野の一つだと思います。

ESGは経営課題そのものであり企業の長期的な成長を担保する

田口 ここまでディスカッションを重ねて参りましたが、最後にまとめという形でお二人から一言ずついただきたいと思います。

福本 グローバルに目を向ければ、ESGへの取り組みが企業価値を左右するというのが時代の趨勢です。ESGの取り組みは経営課題そのものといっても過言ではありません。繰り返しになりますが、ESGスコアを上げることは一つの指標であって、それがすべてではないことを経営者は肝に銘じるべきでしょう。取引市場で非化石証書を買い、社会的に再エネ100%だとお墨付きを得たとしても、地球環境の改善という意味では何も貢献していません。競争環境の中にESGが含まれており、その比重が年々高まっていることを自覚して、意味ある取り組みに邁進していただきたい。そう思います。

田口 ありがとうございます。吉川さんはいかがですか?

吉川 ESG経営は何のため、誰のためにやるのかという基本に立ち返って、自社のあり方を問い直すべき時がきています。それができる企業は時代の要請に応じて自らを変えられるはずですし、持続的成長が期待できる。ある調査によると、創業100年を超える企業の約50%、200年の歴史を持つ企業の約65%が日本企業だそうです。こうした伝統をもう1度見直しDXと組み合わせることで、新しい価値の発信を日本から発信できたらいいですね。

福本 自分の子や孫、その先の子孫も含め日本に働く場が存在し続けるという状態をつくり続けるためにも重要なことだと思います。一人ひとりが長期的なスパンで考え、行動していくことが大事だと思います。

前編はこちらから

【今回の鼎談のアーカイブ動画を視聴したい方は以下よりアクセスしてください】
https://www.cct-inc.co.jp/koto-online/archives/86

【関連リンク】
株式会社コアコンセプト・テクノロジー https://www.cct-inc.co.jp/
株式会社INDUSTRIAL-X https://industrial-x.jp/
株式会社東芝 https://www.global.toshiba/jp/top.html

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