ハノーバーメッセ2026

2026年4月、世界最大級の製造業向け展示会「HANNOVER MESSE(ハノーバーメッセ)2026」がドイツ・ハノーバーで開催されました。インダストリー4.0(※1)を推進するドイツで毎年開催されるハノーバーメッセは、世界の製造業の最前線を映し出す展示会として知られています。今年は「Think Tech Forward(テクノロジーの未来を考える)」をテーマに掲げ、AIを中心とした最新技術が数多く展示されました。

今回は、毎年現地を視察している、合同会社アルファコンパス 代表CEO・福本勲氏にインタビュー。今年のハノーバーメッセで感じた変化、新たなAI時代に向けて日本の製造業に求められるものなどについて、詳しく伺いました。

※1 インダストリー4.0はドイツ政府が提唱する第4次産業革命の国家プロジェクト。IoTやAIを活用し、工場内のあらゆるモノやシステムをネットワークでつなぎ自律的に制御・最適化することなどを目指す取り組み。

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ハノーバーメッセ2026
福本 勲 氏 合同会社アルファコンパス 代表CEO
1990年、早稲田大学大学院修了後、東芝に入社。製造業向けソリューション事業の立ち上げやインダストリアルIoT、デジタル事業の企画、エバンジェリスト、オウンドメディア編集長などを経て2024年に退職。2020年にアルファコンパスを設立し、2024年に法人化、企業のデジタル化やマーケティング支援等を行う。株式会社コアコンセプト・テクノロジー(CCT)アドバイザー。
主な著書に『デジタル・プラットフォーム解体新書』(共著:近代科学社)、『デジタルファースト・ソサエティ』(共著:日刊工業新聞社)、『製造業DX: EU/ドイツに学ぶ最新デジタル戦略』、『製造業DX Next Stage: 各国/地域の動向やAIエージェントがもたらす新たな変革』(近代科学社Digital)。その他、Webコラム連載、執筆・講演など多数。

目次

  1. AIが手足を持ち、現場を動かし始めた
  2. ソフトウェア・デファインドで進む、ハード依存からの脱却
  3. 人の役割を「再定義」し、強みを生かした変化を

AIが手足を持ち、現場を動かし始めた

ハノーバーメッセ2026
ハノーバーメッセ2026会場のエントランス(写真提供:福本勲氏)

━━最初に、ハノーバーメッセを視察し、現地で感じた今年の特徴や新たな動きについて教えてください。

福本氏(以下敬称略):今回、キートピックとして「インダストリアルAI(Industrial AI、産業用AI)」が掲げられ、自律型ロボットからエージェンティックAI(Agentic AI)まで、さまざまな技術が具体的なアプリケーションとなる様子が展示されていました。

実際に現地で見てみて、AIがかなり現実的に使えるレベルまで来たと感じました。昨年のハノーバーメッセでは「地に足がついた展示が増えた」という表現をしましたが、今年はさらに進み、「実務でどう使うか」がかなり具体的になっていたと思います。特に、AIとロボティクス、デジタルツイン(※2)、クラウドなどを組み合わせた展示が非常に増えていましたね。それらによって、「Autonomous Factory(自律型工場)」が、単なるビジョンではなく、より現実味を帯びてきたという印象です。

※2 工場の設備や建物などから集めたデータをもとに、コンピューター上の仮想空間でリアル空間を再現する技術。

━━象徴的だった展示やショーケースはありましたか。

福本:例えばAWSのショーケースは、いわゆる「製造業の未来像」を示しているかのようで、非常に印象的でした。そこでは、自律的な生産ラインで、グラスを載せる金属コースターを作っていました。

ハノーバーメッセ2026
AWSのショーケース(写真提供:福本勲氏)

人間がコースターに刻印したい名前を入れてフォントなどを指定すると、AIが最適なデザイン案を生成し、どれが良いかを聞いてきます。人間とAIが対話をしながらデザイン案を磨き込み、最終案をシミュレーションして、デジタルスレッドにデータを流し込みます。

そして、AMR(※3)による原材料の搬送、Cobot(協働ロボット)やヒューマノイドを活用した材料の積み込みや積み下ろし、レーザーによる名前の刻印、それぞれの工程の品質確認など、実際の製造もAIエージェント間のやり取りによって進行します。

デザイン設計をするエージェント、AMRやCobotをコントロールするエージェント……とエージェントの間でデータの受け渡しをしながら自律的に工程が進んでいき、さらに、それぞれのエージェントの上にはオーケストレーションをするエージェントもいて、全体を統合管理していました。

※3 搭載されたセンサーやカメラで周囲の状況を把握し、自律的に走行する搬送ロボット。

━━まさに「未来のものづくりの姿」ですね。

福本:そうですね。エージェンティックAIと呼ばれる、人間による細かな指示がなくても自律的にタスクを実行するAIシステムが、ロボットなどをコントロールします。そして、実務に使えるレベルで現実世界の物理的な作業ができるようになってきています。つまり、AIが実際の設備を動かす段階に入り、「手足を持ったAI」と言える世界です。

これまでAIは、どちらかというと情報空間の中で分析や最適化を行う存在という印象が強かったと思います。しかし今は、AIが実際の工場設備やロボットと連携し、自律的に工場を動かす方向に進み始めています。

シーメンスでも、人を台の上に立たせて足圧データを取得し、AIエージェントが連携して一人一人に合った靴底を作るショーケースを出していました。

ハノーバーメッセ2026
シーメンスのショーケース(写真提供:福本勲氏)

また、最後の工程でロボットが、靴や服などの商品をショッピングバッグの中に入れていました。従来のロボットは硬くて形や大きさが固定されているものを持つことは得意でしたが、柔らかいものを扱うのは苦手でした。しかし今回は、AIが画像認識を通じて形状や向き、柔らかさを判断し、リアルタイムで最適な持ち方を選択していました。

「どう持つか」「どう扱うか」という高度な判断をAIができるようになり、さらにその指示を実現するための繊細な動きをロボットができるようになった……この双方の進化によって、フィジカルAIの可能性はさらに広がっていくのではないでしょうか。

ソフトウェア・デファインドで進む、ハード依存からの脱却

福本:もうひとつ、現地で感じたのは、「ソフトウェア・デファインド(Software-Defined)」の概念がさらに広がっていたことです。

ソフトウェア・デファインドとは、サーバーやストレージのようなハードウェアの機能を抽象化し、ソフトウェアで制御していく考え方です。例えばソフトウェア・デファインド・ビークル(SDV)といわれる自動車では、運転補助機能などがソフトウェアで実装されており、ユーザーの運転したデータをもとにソフトウェアを更新し、遠隔で入れ替えるなどの取り組みをしています。これまでのハードウェア依存から脱却することで、柔軟な機能追加やアップデートができるようになっていくのです。

シュナイダーエレクトリック(Schneider Electric)は、このソフトウェア・デファインドを用いたショーケースを展示していました。人の居場所や人数を検知して状況を見ながら、ソフトウェアによって空調をリアルタイムに制御します。例えば、人が集まっている場所に集中的に送風するなどして、エネルギー効率良く快適性を確保する、というものです。

ハノーバーメッセ2026
シュナイダーエレクトリックのショーケース(写真提供:福本勲氏)

ハードウェアによる制御の場合、コントロールを変えようと思うとメーカーに戻して設定を変えるなどする必要がありますが、ソフトウェア制御であれば、顧客の使い方に応じてより簡単に、そして日々進化させることが可能になります。

━━ソフトウェア・デファインドの広がりによって、製造業にはどのような影響があると考えられますか。

福本:大きな変化として挙げられるのは、より柔軟に「工場を進化させる」ことが可能になる点です。今回のハノーバーメッセでも、例えば「バーチャルPLC」など、各社がいろいろなショーケースを展示していました。

PLC(Programmable Logic Controller)とは、工場の生産ラインや機械設備を制御するための装置です。例えば製造品目を追加したい、生産環境が変わった、冗長性を修正したいといった場合にも、PLCをバーチャルにしてソフトウェア上で制御することで、設備の機能や制御ロジックを柔軟に変えられるようになっていく。つまり、工場のあり方が固定化されず、柔軟に変更できるようになります。

さらに、バーチャルPLC は、従来の物理PLCとは異なり、VMwareやHyper-Vなどの仮想環境、IPC(産業用PC)ラップトップ、データセンターといった汎用コンピューティング環境上で動作可能であるため、ハードウェア依存がなく、必要なインスタンスを自由に増減できる柔軟性も特徴です。PCベースの制御機器メーカーのBeckhoff Automationや、産業用接続機器メーカーのPhoenix Contactなどは、DevOps(監視→自動テスト→段階デプロイ)をOT(※4)に適用するための中核技術であるとしています。

※4 Operational Technology、製造業・社会インフラにおける制御・運用技術の総称。

従来の「固定的な工場」中心の世界から、ソフトウェアとAIによって工場が動的に進化していく世界へ変わり始めているのだと思います。

━━そのほか、特徴的な展示などはありましたか。

福本:今年は、「Production Technology for Defense(防衛産業向けプロダクション・テクノロジー)」という展示カテゴリが新たに登場していました。

ハノーバーメッセ2026
「防衛産業向けプロダクション・テクノロジー」の展示ゾーン(写真提供:福本勲氏)

グローバルな地政学リスクの高まりを受け、防衛産業の研究・開発は世界的に進むのではないでしょうか。そして、その技術はやがて製造業にも還元されていくでしょう。実際、ロボティクスや自律制御、シミュレーションなどは、防衛と製造業で技術的な共通点が多いと言っていました。

そう考えると、防衛産業の技術進化が、今後の製造業の進化に大きな影響を与える可能性もあると感じました。

人の役割を「再定義」し、強みを生かした変化を

━━フィジカルAIによって現実世界の細かい作業がロボットなどに代替され、ソフトウェア・デファインドによって工場も進化していく時代に、人間に求められる役割はどうなると思いますか。

福本:人間の役割は、これから大きく変わり続けていくと思います。 もしかすると、ものを運んだり、細かな手作業をしたり、改善のための設定を変えたり、そうした仕事は人間の役割ではなくなるかもしれません。しかし、最終的な判断をする、何をすべきかを考える、という仕事は、現在、人間でなければできません。やはり「匠のノウハウ」の必要性は今後も残り続けると思います。

そして、AIと一緒に働くために必要なスキルやケイパビリティは何か、と考えたときに、「現場で製品がどのように作られ、管理され、顧客に届くか」という業務特有の専門的な知見や情報は、すごく大事になってくると思います。例えば、 AIはハルシネーションといわれる「もっともらしい嘘」をつくことがありますが、業務特有の専門的な知識がなければ、誤りを見抜くことができないケースもあると思います。そうした「匠のノウハウ」をしっかりと可視化した上で、AI時代により活用可能な形に取り入れていくことが求められます。

「人間の仕事が奪われる」と言われることもありますが、私はそうではなく、役割の「再定義」なのだと思います。

━━新しい時代に向けて、製造業のあり方はどのように変わっていくでしょうか。

福本:今回、電気制御設計CADやエンジニアリングソフトウェアの開発で知られるEPLANと同じグループ企業で、制御盤のキャビネットなどを製造するドイツのリタール(Rittal)のバイスプレジデントの方にインタビューをしたのですが、その方は「産業構造そのものを再定義する必要がある」と言っていました。

AIエージェントが自律的にロボットや工場の設備などを制御して動かし、サプライチェーン全体を横断して考えることができるようになっていく。そうすると、先ほどお伝えしたような変化にとどまらず、AI時代の製造業のあり方を再構築していく必要があると思います。

ハノーバーメッセ2026
ハノーバーメッセ2026の会場内の様子(写真提供:福本勲氏)

━━その中で、日本が取り組むべきことは何だと思いますか。

福本:まずは、全体アーキテクチャを構築することが必要ではないかと思います。AIエージェントがより理解しやすく、適切に判断できるようなデータ構造にし、コンテキストやセマンティクス、オントロジーをAIが解釈できる形に整える。こうした取り組みによって、個々の企業や業界で部分最適になっているものを、全体視点で再構築していくことが求められます。

この点については、マイクロソフト(Microsoft)も「AIが理解しやすい情報基盤」の重要性を強調しており、それを体系化した概念として Work IQ / Fabric IQ / Foundry IQ の3つのIQを掲げています。Work IQは、組織内のやり取り・会議・ドキュメントなどの業務データと、その背後にある組織の文脈(コンテキスト)を扱うレイヤーです。Fabric IQは、Fabricでフェデレーションされた多様なデータにビジネス上の意味(セマンティクス)を付与するデータインテリジェンスレイヤー。そしてFoundry IQは、社内外のナレッジベースをエージェントが横断的に検索・推論するためのグラウンディング基盤となります。

それから、フィジカルAIの進化をより生かすためのモデル化も大切です。現実世界を動かす「手足」をAIが持ったことで、より最短で最適な工程を実現できるはずです。これまでは、設備の挙動によって現実世界の品質にさまざまな影響が出てから、はじめて因果関係を考えたり対策を練ったりしていました。今後は、デジタルツインによってあらかじめサイバー側で何十万回、何百万回とシミュレーションをし、最適な結果のみを現実世界にフィードバックすることで、最適化が可能となります。単に現実世界のものをデジタルに置き換えるだけではなく、フィジカルAIやものづくりに生かすデジタルツインの進化が求められるのだと思います。

また、ITベンダーの提供価値も変わっていくはずです。「顧客の要件定義に沿ってプログラムを作る」という仕事は、大部分がAIで可能になっていきます。そうではなく、顧客と一緒になって課題を見つけて業務プロセスを改善したり、新たに提供できる価値を創造したり、共に未来を創るという意識が大事になってくるのではないでしょうか。

━━最後に、製造業の皆様へのメッセージをお願いします。

福本:お伝えしたように、フィジカルAIやソフトウェア・デファインド、人間の役割の再定義などの動きは、今後の製造業に非常に大きな変化をもたらしていくと思います。

毎年現地を訪れて感じるのは、ハノーバーメッセは、「未来の当たり前が最初に見える場所だ」ということです。その未来が現実になったとき、「これを最初に見たときは、すごいなと思ったけれど、今は当たり前になっている」というものが本当に多いんです。だからこそ、「すごい技術だ」と感じるだけで終わるのではなく、「これが当たり前になったら、産業や働き方はどう変わるのか」を考えることが重要だと感じています。

日本の製造業には、匠の技術、現場データの質や深みなど、世界に誇れる素晴らしい武器がたくさんあります。取り組み次第で、この変化を日本のさらなる強みとして生かせるのではないかと思います。

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