
2025年4月、世界最大級の産業展示会「HANNOVER MESSE(ハノーバーメッセ)2025」がドイツ・ハノーバーで開催されました。
ハノーバーメッセは1947年から開催されている歴史ある製造業のための展示会です。2025年は世界のおよそ150の国から4,000の企業・団体が出展し、約12万7,000人が来場。日本からも多くのビジネスパーソンが会場を訪れました。
昨年同様、特別企画としてKoto OnlineでESGやDXの最前線に関するインタビューシリーズを担当いただいている福本勲氏に、2025年のハノーバーメッセの特徴、現地を訪れて改めて感じた、これからの日本の製造業に必要なものなどについて、主に生成AIに関するお話を中心に伺いました。

1990年3月、早稲田大学大学院修士課程(機械工学)修了。同年に東芝に入社後、製造業向けSCM、ERP、CRMなどのソリューション事業立ち上げに携わり、その後、インダストリアルIoT、デジタル事業の企画・マーケティング・エバンジェリスト活動などを担うとともに、オウンドメディア「DiGiTAL CONVENTiON」を立ち上げ、編集長を務め、2024年に退職。
2020年にアルファコンパスを設立し、2024年に法人化、企業のデジタル化やマーケティング、プロモーション支援などを行っている。
また、企業のデジタル化(DX)の支援と推進を行う株式会社コアコンセプト・テクノロジーをはじめ、複数の企業や一般社団法人のアドバイザー、フェローを務めている。
主な著書に「デジタル・プラットフォーム解体新書」(共著:近代科学社)、「デジタルファースト・ソサエティ」(共著:日刊工業新聞社)、「製造業DX - EU/ドイツに学ぶ最新デジタル戦略」(近代科学社Digital)がある。主なWebコラム連載に、ビジネス+IT/SeizoTrendの「第4次産業革命のビジネス実務論」がある。その他Webコラムなどの執筆や講演など多数。2024年6月より現職。
生成AIの「局面が変わった」、2025年のハノーバーメッセ
――最初に、今年のハノーバーメッセを視察して感じた特徴について、お伺いできますか。
福本氏(以下、敬称略) 2025年のハノーバーメッセは、AI、特に生成AIの「局面が変わった」ことを強く印象付ける内容でした。キートピックスとして「AI in Industry (産業界におけるAI)」が掲げられ、これまでにも増してAIの存在感が強かったように思います。
とはいっても、驚くような未来の派手さがあったわけではなく、「地に足がついた」展示が多くあった印象です。AIをどう実装してどう使うのか、作る側にとっても使う側にとっても、現場の人たちが身近に感じられる内容です。
生成AIによるプログラミングなどは当たり前にできるようになっていますし、企業間をまたいだエンジニアリングに対応する動きも出てきています。現場にすぐに取り入れられるものが増えているなと感じました。

それから、シーメンスの展示では、Copilot(コパイロット)のAIエージェントだけでプロジェクトマネジメントが完結する世界が描かれていました。AIエージェントとは、特定の目標を達成するために自律的にタスクをこなすシステムです。専門を持つAIエージェントを複数作り、何か問題が起きたらエージェント間による会議を行わせ、そのプロセスと結果を人間の判断に活用する、という動きは昨年くらいから出ていました。今回の展示はそれをさらに発展させて、上位のエージェントが下位のエージェントに指示をしてマネジメントする仕組みを構築していました。実際にロボットやAGVなどを動かすのは下位のエージェントですが、上位のエージェントはどれに何をさせるのかを考えて指示を出し、プロジェクトマネジメントを行います。
何か問題が起きたときに専門知識を持つ担当者が集まって会議をするのも、上位の人が個々の現場に指示をしてプロジェクト全体をマネジメントするのも、人間がこれまで現場で日常的に行ってきたことです。そんなことをAIが……と最初は少し驚くかもしれませんが、人がやってきた仕事の置き換わりがまた一つ進んだのだと思います。
――2024年にさまざまな動きが見られた、データ基盤については、どのような変化があったでしょうか。
福本 製造業の業界や企業の垣根を越えてデータを共有し、その基盤強化を図るプロジェクト「Manufacturing-X」についても、2025年はいくつか動きがありました。Manufacturing-Xはもともと、「Catena-X」という自動車業界のプロジェクトが先行してスタートし、それが製造業に広がってできたものです。2024年はCatena-XがそのManufacturing-Xの傘下に入る動きや、航空業界など新たな領域のサブプロジェクトが紹介されました。

さらにその後も、ロボットやエネルギー産業、半導体など新たな領域のサブプロジェクトが誕生しています。そうした動きを受けて、今年は領域ごとの連携をいかにとっていくか、それから中堅・中小などの小さな会社をいかにプロジェクトに取り組んでいくか、という課題が出ていました。
今後もデータ連携の動きは進んでいくと思います。その際、今後の課題として考えられるのがセキュリティです。データ基盤が構築され広くつながればつながるほど、セキュリティインシデントの影響範囲も大きくなります。自社の損害だけでは済まず、お客様やサプライチェーン全体にも問題が及ぶ可能性が出てくるのです。サプライチェーンの中に一つでも防御が緩い企業があるとそこが狙われて、大損害が生じるわけですね。このような課題に対してどうセキュリティを担保するのかも今後の重要なポイントになると思います。
関連記事:【ハノーバーメッセ2024】データ連携が進む欧州で感じた、日本企業に求められる対応とは
欧州ではM&Aによるデジタルケイパビリティの獲得がすすむ
――製造現場へのAI活用は、欧州で進む一方、日本は比較的遅れているとも言われます。背景にどのような違いがあるとお考えでしょうか。
福本 進んでいる欧州の企業は、M&Aなどを十分に活用してデジタルケイパビリティ(デジタル化推進のために組織として持つべき能力)を獲得し、それが花開いてきた、と感じます。例えばSchneider Electricは、2023年にAVEVAというイギリスの会社の買収を完了しています。AVEVAは産業オートメーション用ソフトウェアを手がけ、IoTデータを予知保全や生産効率向上などのインサイトに変え、多くのユーザーベースを抱える、AVEVA PI SYSTEMの知見、ユースケースを踏まえ開発された、同社のインテリジェントプラットフォームであるCONNECTを通じて、生成AIの活用や、またデータレイクハウス上で、OTデータと全社データを一体化した高度利活用を実現するなど、より効果的なO&Mを可能とするデータ シェアリングエコノミーを支える非常に重要なテクノロジーを持っています。
こうした会社を内部に取り込むことで、内製化できる利点はもちろん、質もスピードも変わってきます。自分たちの将来を左右する重要な領域を、自社のリソースでシステム構築できることは、ものづくりの企業として大きな強みとなるはずです。
対して日本は、IPAの調査によると、IT人材の約7割がベンダー企業側にいます。歴史的に、必要があったら外の業者に発注するやり方をしてきました。どういうものを作るのか契約で決めて、ベンター企業はその決められたものを作ります。基本的には、請け負った内容以上のことや、契約終了後のことは考えません。私としては、外に発注するやり方で実質的なケイパビリティを自社に取り込むことは難しいと思っています。欧米と日本では、その差が出てきているのではないでしょうか。
――なるほど。そのほか、現場レベルでの違いで、要因の一つとして考えられるものはありますか?
福本 日本と違って、欧米の工場では「カイゼン」をしないという文化の違いも、関係しているかもしれません。欧米の工場の方たちは、マニュアルに沿って指示された通りにものづくりをし、自発的に「もっとこうしたほうがいい」「これはおかしい」という発想を基本的にはしません。そのため、作業の効率化や品質向上のためのソリューションとしては、例えばカメラがついていて、目の前の画面にかなり細かい指示を出す。そして間違えるとアラームが鳴り、全て記録されるというやり方が進化していきました。
対して日本の工場の方たちは、カイゼンが大きな仕事の一つです。優秀な現場の人たちの工夫と努力によって、生産性を上げてきました。そう考えると、これまでの日本のものづくりのやり方が必ずしも全て悪かったとは言えません。
ただし、今後日本は少子高齢化が進みます。そして働き方改革で、労働時間もかつてに比べて大幅に減っています。現場のインテリジェンスに頼るやり方をいつまでも続けることはできません。そうなると、欧米のようなやり方も取り入れていく必要性があると思います。
まずは使ってみる、そしてプロセスから変えることが大事
――生成AIを取り入れやすい領域、相性の良い分野などはあるのでしょうか。
福本 比較的先行して進んでいるのは、人材育成や教育の領域です。例えば生成AIにプログラミングを依頼して出てきたものを見れば、「ここはこうやって書けばいいのか」とやり方がすぐにわかります。教える側の業務負荷軽減につながりますし、スピードの向上も期待できます。
また、生成AIの導入に関しては、品質や保証の観点で懸念を持つ方もいらっしゃいますが、人材育成や教育に用いる場合は、外部のお客様に直接影響するものではないため、取り入れやすいのではないでしょうか。もう一点、開発に関しては圧倒的にウォーターフォール型よりもアジャイル型の開発のほうが生成AIとの相性は良いですね。ウォーターフォール型は、上流工程から下流工程へ一つひとつ進めていくやり方で、開発の最初の段階で全ての計画を決めてからものづくりを始めます。一方でアジャイル型は最初に全てをきっちりと決めるのではなく、作っている途中で柔軟に計画を変更しながら開発を進めます。

生成AIをプログラム開発に使うと、過去に学んだナレッジの中から参考になるプログラムなどを探し出して骨格を作り、人とインタラクションに対話をしながら高度化をしていく流れになります。こうしたやり方は明らかにアジャイル型のほうが親和性が高く、最初から完璧なものを作らせるウォーターフォール型では難しい。生成AIの導入が進むと、アジャイル型の開発が今よりもさらに主流になっていくと思います。
――日本の製造業がAIをもっと活用するために、課題はありますか。
福本 私が感じる課題は、「まずは使ってみよう」という意識があまりないことです。日本では、何か一つできないことがあるとそこがクリアになるまでなかなか手を出さない。100点のものはいいけれど99点のものは使えない、となってしまいがちです。欧米や中国の企業を見ていると、「何か使えるポイントがあるなら、とりあえずまずは使ってみよう」と動いています。ここには向いているけどここには向いていない、実はこんな使い方もあるなど、実際に使ってみて、初めてわかることも多いはずです。まずはもっと積極的に使う姿勢が大事だと思います。

もう一つは、ものづくりのプロセスそのものから変えることができるかどうか。例えばERPを導入する際、日本の企業の多くが既存のビジネスプロセスをデジタルで置き換えようとして、うまく効果を出すことができず苦労をしてきました。デジタルを前提とするならば、それまで人間がやってきたプロセスそのものから見直す必要があります。
AIの導入についても同じで、既存のプロセスの一つひとつを置き換えていくやり方だと、得られるメリットも小さくなってしまいます。全体から大胆な変革ができるかどうか、という点もポイントになってくると思います。
――ハノーバーメッセを現地でご覧になって、製造業の今後の方向性について感じたことはありますか。
福本 人間のやる仕事が今後も継続的に変わっていくんだろうなということです。今、人にしかできない仕事は一体何なのか。それをしっかりと見極めて、それ以外の仕事をどんどんデジタルに移行していく、そして人間だけにしかできない仕事に労力を向け、生産性を高めていくことが必要です。
過去を振り返ると、Windows95によってインターネットを使うようになり、iPhoneが出て誰もがスマートフォンを手にする時代になりました。これらがある前提であらゆるものが構築され、なかった時代に戻ることはもうできません。恐らく生成AIに関しても、なかった時代に戻れなくなる日は近いのではないでしょうか。
新しいテクノロジーを取り込み、次の時代に備えていく。それができるかどうかが未来への試金石になるのではないかと思います。

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