DX人材の育成方法とは?DXのメリットと戦略のポイント
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世界中でDXが進む中、国内企業は人材不足に悩まされています。効果的な育成戦略を打ち出すには、まず企業側がDXの必要性や課題を理解しなければなりません。DXによるメリットや効果を確認し、DX人材育成のポイントを押さえていきましょう。

目次

  1. DX人材の不足が深刻化している日本
  2. DX人材を育成するメリット
  3. DXはなぜ進まない?国内企業が抱える課題
  4. DX人材はどうやって育成する?育成戦略の基本的な考え方
  5. DX人材の育成環境を整えて、より効率的で時代にマッチした経営体制を築こう

DX人材の不足が深刻化している日本

東南アジアにもDXの波が押し寄せる中、日本は深刻な人材不足に直面しています。経済産業省によると、国内のIT人材は2015年時点で17万人ほど不足しており、2030年には最大で約79万人の不足になると試算されています。

デジタル技術の発達により、IT人材の需要は今後も増えると予想されていますが、現在はそのスピードに供給が追い付いていません。デジタルトランスフォーメーション(DX)は企業の生産性を左右するため、このままの状態では経済・景気にも悪影響が及ぶでしょう。

そもそもDXとは?日本の現状と課題

経済産業省は「デジタルガバナンス・コード2.0」において、DXを以下のように定義しています。

○DXの定義
「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。

DXは現代企業の成長に欠かせないものですが、現状では本格的な取り組みが遅れています。国際経営開発研究所(IMD)による「世界デジタル競争力ランキング2022」を見ても、日本の順位は決して高くないことが分かります。

総合ランキングの順位国名
1位デンマーク
2位米国
3位スウェーデン
4位シンガポール
5位スイス
8位韓国
11位台湾
17位中国
29位日本

東アジアの中でもDXが遅れている要因としては、前述の人材不足が挙げられるでしょう。日本はビジネスとITシステムの両面からアプローチできる「DX人材」が不足しており、さらにDX人材となり得るIT人材も慢性的に不足しています。

DX人材を育成するメリット

以下の表は、独立行政法人の労働政策研究・研修機構が実施したアンケート結果をまとめたものです。

「デジタル技術を活用した工程・活動において、ものづくり人材の配置や異動で何か変化はあったか」に対する回答内容(※複数回答可)
回答内容割合
そのままの人員配置で、業務効率や成果が上がった46.1%
全体的な労働時間が減少した19.6%
経験の浅い社員や若手を配置しやすくなった11.0%
活用した工程・活動の社員が休暇を取りやすくなった7.3%
女性を配置しやすくなった6.8%
新たな勤務体制を構築できるようになった6.5%
他部門の同じ職種に人員を配置することができた6.4%
別の職種に人員を配置することができた6.0%
新事業に人員を配置することができた5.5%
高齢者を配置しやすくなった2.3%
人員削減があった1.7%
変化は特になかった24.0%
その他8.3%
無回答6.2%

社内でDX人材を育成すると、業務効率や生産性がアップするだけではなく、人件費などのコストカットにもつながります。また、従業員側の負担も軽減されるため、ワークライフバランスも実現しやすくなるでしょう。

具体的にどのような変化があるのか、ここからはDX人材を育成するメリットを深掘りしていきます。

専門人材を再配置しなくても業務効率が上がる

DX人材を自分の部署で育成できると、他部署からデジタルに強い人材を連れてこなくても業務効率が上がります。また、個々のITスキルが磨かれるので、会計や経費処理、販売管理など多くの業務にデジタル技術を導入できるでしょう。

会社全体で人材育成に取り組むと、ソフトウェアやシステムの開発者だけではなく、デジタル技術を使う従業員のスキルも向上します。

活用できる人材の幅が広がる

女性や高齢者、経験の浅い社員などを活用しやすくなる点も、DX人材を育成するメリットです。従業員全体のスキルを底上げできるような育成をすれば、活用できる人材の幅がぐっと広がります。

ただし、そもそものITリテラシーの不足によってDXが進まない例も少なくありません。会社全体でDX人材を育成する場合は、従業員ひとり一人のスキルに合わせたカリキュラムを組むことが重要です。

人件費などのコストカットにつながる

DX人材が増えて業務がデジタル化されると、人件費や紙代などのコストカットにもつながります。TeamViewer ジャパン株式会社が実施した意識調査では、約3割の企業が「コスト削減につながった」「ややコスト削減につながった」と回答しました。

また、厚生労働省が実施する助成金や給付金も、企業のコストカットにつながる施策です。例えば、600億円以上の予算(※)が設定されている「人材開発支援助成金」では、職業訓練を行う企業に一定額が助成されています。

(※)令和4年度の予算案。令和3年度の307億円に比べると、予算が拡大されている。

ただし、現状ではコストカットを実感していない企業も多いため、人材教育をした後のプランは慎重に考える必要があるでしょう。

ワークライフバランスを実現しやすくなる

DX人材の育成には、労働時間を短縮させる効果もあります。業務効率化によって、残業が減ったり休暇を取りやすくなったりするため、従業員のワークライフバランスを実現しやすくなります。

ワークライフバランスは働き方改革にも関わる課題であり、ワーキングプアや少子化問題などの解決策として注目されています。実現によって労働環境が改善されるため、優秀な人材の獲得や離職率の低下といった効果も期待できるでしょう。

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DXはなぜ進まない?国内企業が抱える課題

日本でDXが進まない要因としては、古くからの文化・慣習の影響や、人材のITリテラシー不足などが挙げられます。以下のデータは、株式会社野村総合研究所が実施したアンケート結果をまとめたものです。

「貴社デジタル化の推進に向けた課題として、あてはまるものに〇をつけて下さい」に対する回答内容(N=4,827)
回答内容回答数(割合)
アナログな文化・価値観が定着している2,234(46.2%)
明確な目的・目標が定まっていない1,939(40.1%)
組織のITリテラシーが不足している1,917(39.7%)
長年の取引慣行に妨げられている1,357(28.1%)
資金不足1,001(20.7%)
活用したいITツールが無い506(10.4%)
部門間の対立がある183(3.7%)
その他225(4.6%)
(※割合の小数点第二位以下は切り捨て。)
(参考:株式会社野村総合研究所「令和2年度中小企業のデジタル化に関する調査に係る委託事業報告書」)

上位3つの課題について、以下で詳しく見ていきましょう。

アナログな文化・価値観が定着してしまって

請求書を紙で作成するなど、アナログな文化・価値観が残っているとDXはスムーズに進みません。前述の定義でも触れたように、DXでは業務や組織、プロセス、文化、風土を変革する必要があるため、新たなデジタル技術を受け入れる姿勢が求められます。

すでにIT化が進んでいる企業でも、システムが事業部門ごとに分断されていたり、カスタマイズによって複雑化されていたりすると、根本的な経営改革から取り組まなければなりません。2025年までにこの課題を解決できない場合は、日本全体で年間最大12兆円の損失が生じると試算されています(※)。

(※)経済損失が大きいため、「2025年の崖」として懸念されている。

個々の企業にあった明確な目的・目標が定まっていない

個々の企業で自らにとって最適で明確な目的・目標がない状態では、DXや人材育成を進めることは難しくなります。GPSを搭載して物流を最適化する、IoTツールで工場の生産性を高めるなど、企業によって目指すべきゴールが異なるためです。

また、公的な支援策があることからも分かるように、DXの促進にはさまざまなコストがかかります。具体的なビジョンがないと、コスト以上のリターンを回収することは難しいため、途中で断念してしまうリスクが高まるでしょう。

組織内全体のITリテラシーが不足している

ITリテラシーとは、デジタル技術を使いこなす能力や、新たなシステムを構築する開発力・提案力などを指す言葉です。DX人材を育成するには、上層部を含めたすべての人材がITリテラシーを習得することが求められます。

また、円滑なDX推進のためには、少なくとも以下の人材をそろえなければなりません。

○DX推進に必要な人材
・デジタル技術導入の全体設計をする人材
・ニーズに合わせてデジタル技術を実装する人材
・ITシステムの安定的な稼働を実現する人材
・社内のシステムを脅威(サイバー攻撃など)から守る人材
・顧客に向けてシステムを設計する人材

各分野やプロセスの専門家が必要になるため、多くの企業は組織全体のレベルアップが急務となります。

DX人材はどうやって育成する?育成戦略の基本的な考え方

DX人材の育成戦略については、厚生労働省の教育訓練プログラムが参考になります。どのようなプログラムが公開されているのか、まずは例を紹介しましょう。

プログラムのタイトル訓練時間
IT/IoTセキュリティ人材育成プログラム30時間
メディカルイノベーション戦略プログラム120時間
生産システム革新マネジャー育成講座120時間
建設ICTマスター養成講座120時間
農業経営者向けMBAミニプログラム「鋭農経営塾」120時間
(※訓練時間は、無料講座として開催されたときの時間数。)

いずれも過去に開催された講座ですが、開催当日に配布された資料は無料で公開されています。基本的なビジネス教養はもちろん、IT分野や医療分野、建設・製造分野などでは専門的な資料もあるので、本格的な人材教育にも活用できるでしょう。

DX人材の育成戦略としては社外のセミナーやOJT(※)も考えられますが、いずれの方法でも従業員のレベルに合ったカリキュラムが必要です。ここからは厚生労働省のプログラムを参考に、効率的にスキルを習得するためのポイントを解説します。

(※)On the Job Trainingの略語。実務を通して必要な知識・スキルを習得させる教育手法のこと。

まずはリーダーの育成に力を入れる

円滑にDXを進めるには、中心的にプロジェクトを推し進めるリーダーが必要です。厚生労働省の教育研修プログラムでも、業種別にリーダー育成プログラムが公開されています。

○厚生労働省によるリーダー育成プログラム
・デジタルトランスフォーメーション(DX)推進リーダー養成プログラム
・介護職リーダー育成プログラム
・製造職リーダー育成プログラム
・観光産業界リーダー育成プログラム

DX推進におけるリーダーは、従業員を鼓舞しながら先導してプロジェクトを進める役割を担います。従業員のスキルを引き上げる目標設定や、全社的な教育プログラムの立案なども業務に含まれるので、リーダーには高いITリテラシーが求められます。

成功事例を活用して自社の活用イメージを明確にする

ITリテラシーの低い人材に対しては、成功事例から学ぶイメージの明確化が有効です。以下のように、厚生労働省の基礎的なプログラムでもAIの活用事例が紹介されています。

○「非正規雇用で働く女性のキャリアアップ・キャリアチェンジ支援プログラム」の掲載事例
・スマートフォンの顔認証機能
・ECサイトのレコメンド機能
・商品の種類と価格を一括認識するAIレジ
・AIカメラやセンサーを活用した無人店舗
・AIコンシェルジュによるユーザーサポート など

従業員が「なぜ自分にはITリテラシーが必要になるのか?」を理解できないと、全社的な人材教育はうまく進みません。どのようにデジタル技術を活かすのか、会社が目指している姿をイメージしやすくなるように、成功事例は積極的に活用しましょう。

より効率的なアジャイル開発の手法でプロジェクトを進める

アジャイル開発とは、大きなプロジェクトを小さなプロセスに区切って製品を開発する手法です。発注者などのステークホルダーから細かくフィードバックを受けられるため、従来のウォーターフォール開発に比べるとプロジェクトの難易度を抑えられます。

アジャイル開発では、ステークホルダーからの度重なるフィードバックに応えることで、従業員の成功体験を積み重ねられます。また、製作途中で生じた悩みやトラブルを共有しやすいため、経験・スキルが乏しい人材でも活用しやすいでしょう。

ただし、アジャイル開発は万能な手法ではなく、プロジェクトの内容によっては深刻なトラブルや遅延を招きます。特に開発規模が大きい製品や、専門的(高品質)なプロジェクトには向いていないため、その点に注意しながら計画を立てましょう。

外部の研修やセミナーを積極的に活用する

自社での人材育成が難しい場合は、外部の研修・セミナーを活用する方法もひとつの手です。厚生労働省の教育訓練プログラムのほか、現在では以下のようなDX人材育成サービスが提供されています。

・基本的なITスキルを学べる座学研修
・実践スキルを学べるハンズオンセミナー
・オンライン型の集中研修 など

上記のほか、実務に役立つ資格の習得を目指したセミナーなども、効果的な人材育成の方法でしょう。例えば、経済産業省の「第1回デジタルスキル標準検討会資料」では、デジタルスキルを証明する次の資格が紹介されています。

○DX人材の育成につながる資格の例
ITパスポート試験:基礎的なITスキルを証明する国家資格。
データサイエンティスト検定:データサイエンスの実務能力・基礎知識を証明する資格。
G検定:ディープランニングの基礎知識や、事業活用のための能力を証明する資格。

ほかにもさまざまな選択肢があるので、教育方針で悩んでいる企業は外部の研修・セミナー情報を確認してみましょう。

DX人材の育成環境を整えて、より効率的で時代にマッチした経営体制を築こう

政府が積極的な支援をしていることから分かるように、現代社会にとってDXは欠かせないものです。しかし、現状ではプロジェクトを推し進めるDX人材が不足しているため、企業側も育成に力を入れることが求められています。

コストや手間はかかりますが、DX人材の育成に成功すると企業はさまざまなメリットを得られます。時代に取り残されない経営体制を築くためにも、本記事を参考にしながらDXの計画を考えてみましょう。

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