生産現場の効率性に悩む経営者や現場担当者の方は少なくないでしょう。このような課題を解決する上で役に立つのがインダストリアルエンジニアリング(IE)です。複雑で理解しにくいとも言われるこの手法について、体系的かつわかりやすく解説します。
目次
インダストリアルエンジニアリング(IE)とは?
インダストリアルエンジニアリング(Industrial Engineering)は、日本語に訳すと「生産管理工学」です。この章では、インダストリアルエンジニアリングの意味や実施する目的・メリットをお伝えします。
- インダストリアルエンジニアリングの定義・意味
日本産業規格(JIS)によると、インダストリアルエンジニアリングとは『経営目的を定め、それを実現するために、環境との調和を計りながら、人や物、金および情報を最適に設計・運用し、統制する工学的な技術・技法の体系』とされています。
これは、作業工程・内容を科学的な手法を用いて分析し、より最適あるいは効率的とも言える方法を見つけ出すことを意味します。主に、製造業の現場で活用されています。また近年は、事務作業の改善や経営管理など、幅広い分野で用いられるようになっています。
- インダストリアルエンジニアリングの目的・メリット
インダストリアルエンジニアリングは、製造業の現場などにおいてムダやムラなどを削減し、生産性の向上や業務改善を図ることを目的に実施されます。
業務改善においてインダストリアルエンジニアリングを活用するメリットは以下の4点です。
- 科学的な分析手法を用いるため、実施する人によって分析結果が変わる心配がない
- 記号や図表などを活用することで、客観的な視点で無駄を洗い出せる
- 従業員の課題解決に対する意識を高めることができる
- 生産性の改善により、顧客のニーズを満たす製品を低コスト・期限内に造ることが可能となる
(出典:JISリスト - JISC 日本産業標準調査会)
・ インダストリアルエンジニアリングの歴史
インダストリアルエンジニアリングの歴史は20世紀初頭のアメリカから始まりました。当時のアメリカは、急速に工業化が進んでいた一方で、統一的な管理が行われていなかったことで製造現場では非効率な作業が行われていました。このような状況下において、フレドリック・W.テーラとフランク・B.ギルブレスの研究によって、現代のインダストリアルエンジニアリングが生まれました。
テーラは、効率的に鉄鋼石や石灰などのシャベルすくい・運搬を行うための実験・研究を行いました。その結果を踏まえて、同氏は「標準時間の設定」や「的確な作業方法の訓練」などの工場管理法を提唱し、時間研究(科学的管理法)の基礎を確立しました。
一方でギルブレスは、レンガ積み作業における動作のムダを減らす実験を行ったり、両手作業化やバラ運搬の専用容器運搬化の考案を行ったりしました。同氏は作業目標の改善結果などを論文として提唱し、動作研究の礎を築いています。
その後、インダストリアルエンジニアリングが幅広く普及したきっかけとなったのは、アメリカを代表する自動車メーカーであるフォード社です。テーラとギルブレスが提唱してきた時間研究や動作研究の考え方がフォード社の生産ラインに取り入れられた結果、生産性の向上効果が実証されました。
その結果、製造現場における生産性を改善する手段として、アメリカから世界にインダストリアルエンジニアリングが広まることとなったのです。日本でも、1920年代より導入され始め、戦後の高度経済成長を支える手段の1つとなりました。
インダストリアルエンジニアリングは大きく2種類に分けられる
インダストリアルエンジニアリングの手法は、「方法研究」と「作業測定」の2種類に大別されます。また、方法研究は「工程分析」と「動作研究」に、作業測定は「稼働分析」と「時間研究」に分けられます。さらに、工程分析や動作研究なども、「運搬工程分析」や「連合作業分析」といった手法に細分化されます。
このとおり、インダストリアルエンジニアリングの手法は多岐にわたります。したがって、細かく1つ1つの手法を理解する前に、まずは「方法研究」と「作業測定」がどのようなものかを理解し、大局的な視点で全体像を掴むのが良いでしょう。
この章では、方法研究と作業測定の概要をわかりやすくお伝えします。
- 方法研究は「より良い方法を見つけること」
JISによると、方法研究とは『作業または製造方法を分析し、標準化・総合化によって作業方法や製造工程を設計・改善する手法の総称』とされています。加工などの工程や生産・運搬などの作業を分析し、業務を改善するための具体的な方法を見つけ出していきます。
- 作業測定は「作業の効率や時間を調べること」
JISによると、作業測定とは『作業・製造方法に関する実施効率の評価や、標準時間の設定を行うための手法』とされています。定量的に作業時間を測定したり、作業の標準時間を設定したりします。
方法研究の全体像と手法
方法研究は「工程分析」と「動作研究」の2種類に大別されます。この章では、それぞれの概要と主な手法を紹介します。
- 工程分析は「製造のプロセスを分析し、生産過程の効率化を図ること」
JISによると、工程分析とは『生産対象物が製品になるプロセスや作業者の活動、運搬プロセスを対象に適合した図記号で表して調査・分析する手法』とされています。つまり、原材料が製品になるまでのプロセスについて記号を用いて客観的に分析し、改善点を見つけ出す手法です。
工程分析では、主に以下の図記号を用います。※4
要素の工程 | 記号 | 意味 |
加工 | ◯ | 原料、材料、部品、製品の形状や性質に変化を与えるプロセス |
運搬 | ⚬ | 原料、材料、部品、製品の位置に変化を与えるプロセス |
貯蔵 | ▽ | 原料、材料、部品、製品を計画により貯えているプロセス |
数量検査 | □ | 原料、材料、部品、製品の量・個数を計測し、その結果を基準と比較して差異を調べるプロセス |
品質検査 | ◇ | 原料、材料、部品、製品の品質特性を試験し、その結果を基準と比較してロットの合否または個品の良・不良を判定するプロセス |
工程分析の具体的な手法には、主に下記があります。
- 単純工程分析:作業と検査の系列のみを対象として、生産工程の全体像を分析する
- 製品工程分析:原材料や部品などが製品化される過程を図記号で表現し、生産工程の流れを調査・分析する
- 作業者工程分析:生産主体である作業者を中心として、作業活動を系統的に図記号で表現し、作業手順や作業台のレイアウトなどを改善する目的で分析する
- 流れ線図(フローダイヤグラム):図記号を記入した設備や家屋の配置図を用いて、人や物のムダな動きを可視化・分析する
- 多品種工程分析:加工工程が似ている製品・部品をグループ化する目的で、工程経路図を作成・分析する
- 運搬活性分析:対象品の移動のしやすさという観点から、品物の置き方や荷姿を分析・検討する
- 空運搬分析:品物の移動を伴わない移動(空運搬)を減らすために、運搬状態を分析・検討する
- 動作研究は「作業にムダがないかどうかを調査し、効率的な動作を見つけること」
JISによると、動作研究とは『作業者が行うすべての動作を調査・分析し、ベストな作業方法を見つけるための手法の総称』とされています。つまり、作業する人の身体動作や目の動きを分析し、ムダな動作・挙動などがないかどうかを確認し、改善を図る手法です。
動作研究を行う上で重要となるのは「モーション・マインド」という作業者の意識です。JISによると、モーション・マインドとは『作業・動作方法の問題点を判断でき、より能率的な方法を探し続ける心構え』とされています。
効率的な動作を見つける手段としては、「動作経済の原則」が役立ちます。動作経済の原則とは、作業が経済的であるかどうかを判断する際に役立つ原則です。※4動作経済の原則に反している動作は、効率性が悪く、疲労が蓄積しやすいと言えます。したがって、作業の無駄を削減する際には、以下にあげた4原則をもとに改善を実施することが重要です。
- 動作の回数を減らす:持ち替えなどの回数を減らすなど
- 動作を同時に行う:両手を使ったり、多機能工具を使ったりするなど
- 動作の距離を短くする:作業で用いる工具を作業者の近くに配置するなど
- 動作の負荷を軽減する:動作の経路を単純化するなど
動作研究の具体的な手法には、主に下記があります。
- 両手動作分析:作業を観察、両手の動作に関して順序・仕方を分析し、手待ちやムダなどを見つけ出す
- サーブリッグ分析:あらゆる作業を18種類の動素(サーブリッグ)に分解し、動作を遅れさせる要素などを詳細に分析する
- 連合作業分析:「2人以上の人」や「人と機械」が共同して作業するとき、作業効率の低下を招いているロスなどを分析する
作業測定の全体像と手法
作業測定は「稼働分析」と「時間研究」の2種類に大別されます。この章では、それぞれの概要と主な手法を紹介します。
- 稼働分析は「限られた時間内で最大限稼働できているかどうかを分析し、稼働率を高めること」
JISによると、稼働分析とは『作業者や機械設備の稼働率・稼働内容の時間構成比率を求める手法』とされています。つまり、人や機械が時間内で最大限稼働できているかどうかを分析する手法です。
稼働分析は、非稼働の部分を改善・排除し、稼働率を高めることを目的に実施されます。なお稼働率は、作業者および機械設備の働きぶりを表す指標であり、「実際稼働時間(≒作業した時間)÷総時間(≒全体の合計時間)」によって算出されます。
稼働分析の具体的な手法には、主に下記があります。
- ワークサンプリング(瞬間観測法):瞬間ごとに作業者・機械がしていることを観察・記録・集計し、そのデータに基づいて作業状態の割合を分析する
- 連続観測法:継続的に作業者や機械の稼働状態・作業内容を分析する
ワークサンプリングと連続観測法は対照的な手法であるため、それぞれメリットとデメリットは異なります。具体的には以下のとおりです。
手法の名称 | メリット | デメリット |
ワークサンプリング | ・観測しやすい ・繰り返し行う作業に適している ・コストがあまりかからない ・作業者が見られていることを意識しにくいため、データの信頼性が高くなる ・データを整理しやすい |
・母数が少ないほど、正確性が低下する ・深く分析することは難しい |
連続観測法 | ・正確に分析できる ・きめ細かく問題点を抽出できる ・繰り返さない作業やサイクルが長い作業に適している |
・手間や時間がかかる
・作業者が見られていることを意識し、データの信頼性が低下するおそれがある |
- 時間研究は「作業にかかっている時間を分析し、適切な時間で行えるように改善すること」
JISによると、時間研究とは『作業を要素作業または単位作業に切り分けて、切り分けた各作業を行うのにかかる時間を測定する手法』とされています。つまり、作業にどのくらいの時間がかかっているかを調べる手法です。
時間研究の目的は、「無駄な時間を削減して作業を効率化すること」と「標準時間を設定すること」の2点です。JISによると、標準時間は『その仕事に適性があり、習熟している作業者が、所定の作業条件のもとで、必要な余裕を持ち、正常な作業速度によって仕事を行うために必要となる時間』とされています。
つまり時間研究では、客観的な視点で作業に必要となる時間(標準時間)を設定し、その時間に到達できるように無駄な時間を発見・削減していくのです。標準時間は、各作業者の作業時間が適切かどうかを判断する基準と言えるでしょう。
時間研究の具体的な手法には、主に下記があります。
- ストップウォッチ法:ストップウォッチを用いて、作業にかかる時間を直接測定する(下図参照)
- PTS法(既定時間法):作業を微動作まで分解し、あらかじめ定めた各微動作の作業時間値を積み上げて標準時間を求める
- 経験見積法:熟練の作業者などが、過去の経験から標準時間を見積もる
- 実績資料法:過去の資料(作業日報など)をもとに標準時間を見積もる
出典:生産システム革新マネージャー育成講座 – 中央総合学院(厚生労働省/教育訓練プログラム開発事業)
各手法の精度や適している作業、その他の特徴は以下のとおりです。
手法の名称 | 精度 | 適している作業 | その他の特徴 |
ストップウォッチ法 | 良い | サイクル作業 | レイティング処理により個人差の修正を行う必要がある |
PTS法(既定時間法) | 良い | 繰り返しが多い作業、短いサイクル作業 | 専門的なスキルが必要となる |
経験見積法 | 悪い | 繰り返しが少なく、個別生産の作業 | 主観的であり、見積もり者のクセが出る |
実績資料法 | 悪い | 繰り返しが少なく、個別生産の作業 | 比較的簡単に行える |
インダストリアルエンジニアリングを実施する際に役立つ考え方
インダストリアルエンジニアリングを実施する際には、「ECRSの原則」と「5W1H」の考え方が役に立ちます。この章では、それぞれの考え方を簡単に紹介します。
- ECRSの原則
JISによると、ECRSの原則とは『工程、作業、動作を対象とした分析に対する改善の指針』とされています。 インダストリアルエンジニアリングでは、工程分析などで見つかった問題点を改善する具体的な方法を考える際に役立ちます。
ECRSの原則では、以下の問いかけを行うことで改善の方法を検討します。
- Eliminate(排除):作業や工程を無くせないか
- Combine(結合):作業や工程を1つに集約できないか
- Rearrange(交換):作業や工程の順序・場所を入れ替えできないか
- Simplify(簡素化):作業や工程の簡素化・単純化できないか
一般的には、E→C→R→Sの順に改善の効果は小さくなると言われています。したがって、改善の方法を検討する際もこの順番で問いかけするのがおすすめです。
- 5W1H
JISによると、5W1Hは『改善活動を行うときに用いられる、what(何を)、when(いつ)、who(誰が)、where(どこで)、why(なぜ)、how(どうやって)を用いる問いかけ』とされています。 5W1Hに基づいてIEの活動を行うことで、客観的な視点で改善すべき部分や改善方法を検討できるでしょう。
インダストリアルエンジニアリングによって業務の改善を図ろう
インダストリアルエンジニアリングを実施することで、動きや工程のムダを無くしたり、作業時間の最適化を図ったりできます。結果として、生産性の改善や従業員の課題解決に関する意識向上などの効果も期待できます。
インダストリアルエンジニアリングの手法は、「方法研究」と「作業測定」の2種類に大別され、それぞれ複数の手法に細分化されます。そのため、まずは方法研究と作業測定の全体像を把握した上で、各手法の使い方やメリットなどの理解に努めた方が、よりスムーズに理解できるでしょう。
PwCコンサルティングが経済産業省の委託を受けてまとめたレポートによると、トヨタ自動車が工場IoTを実施する目的の1つに「インダストリアルエンジニアリング化されていない設備の標準化」を挙げています。デジタル技術を使ったトヨタ生産方式の実現を目指す中で、インダストリアルエンジニアリングがキーワードになっています。
今回紹介した内容を押さえた上で、製造や事務などの作業に関する生産性や効率性の向上を図ることで、より効率的な企業経営ができるようになるでしょう。
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