【CTO対談】製造業におけるDXの“その先”へ ~後編:製造業のESG対応の今後について

日本を代表する産業である製造業において、DX(デジタルトランスフォーメーション)が求められている状況にある。INDUSTRIAL-X 八子氏、東芝 福本氏、弊社CTO 田口とDXの最前線に立つ3者が製造業におけるDXの現状を踏まえつつ、ESGに対応した新たな製造業の事業運営の在り方について、議論を交わした。

※本対談記事は、2022年5月13日に実施した弊社主催のオンラインイベントを元に作成したものです。

前編はこちら>>【CTO対談】製造業におけるDXの“その先”へ  ~前篇:製造業のDXのいま

【登壇者】

・CCT 田口:株式会社コアコンセプト・テクノロジー  取締役CTO 田口 紀成
・IX 八子:株式会社INDUSTRIAL-X 代表取締役 八子 知礼
・東芝 福本:株式会社東芝 デジタルイノベーションテクノロジーセンター チーフエバンジェリスト 福本 勲氏

目次

  1. 製造業がカーボンニュートラルに取り組むには
  2. カーボンニュートラルからESGに発展していく中での課題とは
  3. ESGデータ開示でセキュリティ面について

製造業がカーボンニュートラルに取り組むには

東芝 福本: カーボンニュートラルの背景には地球温暖化があります。海面上昇や氷河の後退、森林火災や豪雨などの大災害が頻発しており、地球にやさしい取り組みが求められています。 2018年にIPCCが発表した「1.5℃特別報告書」では、将来の地球環境に与える影響について、 1.5℃と2.0℃の0.5℃の差が大きいことを評価しており、昨年(2021年)のCOP26では産業革命前からの気温上昇を1.5℃に抑える努力を追求するとした合意文書が採択されています。

こういった中で、サプライチェーン全体で脱炭素化を図る企業が増えてきています。例えば、Appleは、2030年までにサプライチェーン全体でカーボンニュートラルを実現することを目標に掲げ、サプライヤーに対して省エネルギー化や再生可能エネルギーの利用を求めています。このように、サプライチェーンの脱炭素化を目指す企業との取引関係を継続するために、日本企業も脱炭素化を進めなければならないといった状況が今後増えていくことが想定されます。

後編1

こういった状況の中で、企業はサプライチェーン排出量の管理やGHGプロトコルのスコープ3への取り組みを重視しはじめています。GHGプロトコルですがスコープ1は自社で燃料を燃焼したりすることによる直接排出がその対象であり、スコープ2は電力などを使用し、間接的にどれだけ排出されたかが対象です。スコープ3はさらに15のカテゴリに分類されるなど、従業員の出張や通勤、資本財、フランチャイズ、投資などによって出された温室効果ガス排出量が対象となっています。

様々な企業の排出量報告を見ると8割、あるいは9割以上をスコープ3が占めるような企業が多くみられます。サプライチェーンにおいては上流、下流もどちらも大事であり、例えば自動車を例にとると、自動車部品メーカーは、自動車会社に納めた部品が納品先でどのように使われるのかについても把握する必要があり、自動車会社は、サプライヤーである自動車部品メーカーから納入した部品の製造過程での温室効果ガスの排出量も把握・管理する必要があります。さらに、製品の輸送、廃棄や、ホワイトカラーの出張に伴う温室効果ガス排出なども把握しなくてはならなくなります。サプライチェーンに紐づくすべての関係者は、取引先の排出量を気にしなければならないことになっていきます。

CCT 田口: 製造業企業が、デジタル化や業務効率化など、色々取り組まなければならなくなっている状況のなかで、ものを作って消費してという流れにおいてカーボンニュートラルにも取り組むというのは大きな課題です。実際にどういった取り組みがされていて、どういうところが難しい所なのかを伺いたいです。

東芝 福本: まず日本の製造業が取り組まなければならないのはCO₂の排出を減らす取り組みです。また、カーボンプライシングなどを見据え、その影響を最小化していくことだと思います。

そのためには、排出量を削減したかどうかを把握し証明することが必要であり、排出量などを管理するためのツール開発・導入やノウハウの蓄積・活用が求められることになります。

製造業においては従来の生産性向上の取り組みもスコープ1,2に貢献すると思いますが、スコープ3基準でのサプライチェーン排出量の管理・削減のためには他のプレイヤーとの企業を超えた取り組みが重要になっていきます。

カーボンニュートラルからESGに発展していく中での課題とは

IX 八子: 欧州が、うまいルールメイクをしてきたなというのが最初の認識ですね。次の成長のネタを相互に監視して足を引っ張ることで、それに対して全体にガバナンスをかけに行く企業がもっと残っていくという、そういうルールメイクをしています。

それがカーボンニュートラルをベースにし、次にはESGに発展していくわけですが、実に巧妙な足の引っ張り合いをさせるものだと思います。とは言いながらそれに対して配慮していると最終的にはコストも下がるし、透明性も上がっていく、管理レベルも上がっていくというのはわかっているので、先んじてそれを察している企業はやろうとするわけです。

ただ、スコープ3のところまで手を出すというのは非常にハードルが高く、取引もしくは資本系列のあるグループ企業にはやれと言えますが、立場上あそこには言いにくいなというところもあります。またむしろ逆に、あそこの会社のデータを渡せと言われることに非常に恐怖感を持っている会社の方も出始めた、という認識を持っています。

後編2

東芝 福本: 排出量データを相互に提供しあうことが必要になっていきます。

IX 八子: 今後、取引会社間でできるだけリアルタイムに把握・監視をして、データによって実測値で出せという話になってくると、面白いことになるのではないでしょうか。

CCT 田口: 先ほどの話で、組織の壁が一つ障害となるとありましたが、今度は企業と企業の境界が一つ課題となって、そこを超えられるようなインターフェースを持ったりとか、約束事、プロトコルを持つということは必要となってきます。そういったところで整地しないとスコープ3はさすがに難しいだろうと言われていますね。

プロトコルとは何なのかということがない状態ですから、実際これから出ていく中で、合わせていく。合わせていくという行為自体も大手ならまだいいですが、中小企業のポジションでそれに対応していく負荷といったらかなり大変なものになるのではないかと思います。

最終的にCO₂は間接的なデータでありながら、極論、どういうもので何をどれだけ作ったかといった結果として示しているものになりうるわけなので、本当にそのデータは渡していいのかという意見は気になる企業もあるでしょう。実際、そのデータの秘匿性・セキュリティというものに関係しますし、それを、企業をまたいで密結合しなければいけないという、プラットフォームとしても難しい側面があります。 セキュリティという観点で見たときに、どのような印象を持たれるでしょうか。

東芝 福本: 今、サプライチェーン下流からの排出量情報の開示要請は、一次サプライヤーだけでなく、二次や三次といった、中堅中小企業まで及び始めています。この時大事なのはつながる仕組みです。

欧州では、インダストリー 4.0の取り組みの中でデジュール化を進めてきています。色々な企業がオープンにつながるような仕組みを作ってきています。 デジュール化を進めてきた欧州と、ボトムアップ型の日本の違いも出てきているのではないでしょうか。

ESGデータ開示でセキュリティ面について

CCT 田口: 最近セキュリティ関連ではと色々な事件や事態が話題になっています。データ開示の面で、企業をまたいでの連携というのは、透明性の部分とセキュリティの部分で、境界をどこで切ればいいのかは難しい所だと思いますが、今どのようにお感じですか。

後編3

IX 八子:  実際どういう情報がセキュアに担保されていないといけないのかという話を議論させていただくと、実はあんまりセキュアにしていなければいけない情報は極めて限られていると感じます。

上場企業に関しては、最終的にIRで情報を出しています。そうすると、いずれ出ていく情報はセキュアにする必要性はない訳ですよね。個人情報はセキュアかもしれないが、工場の稼働データは本当にセキュアなのか、セキュアにしなければならないのか、という疑問があります。

工場で何を作ってるのかというのはセキュアかもしれませんが、工場で数量いくつ作っているのかというのは本当にセキュアじゃなければならないかというと、出荷量を見ればわかるし、もしくは取引金額を見ればおおむね分かります。誰が何に対して守っているのかと言うと、在庫で腹を探られたくないと言うだけです。

サプライチェーン上でコラボレーションが進んでいく中で、温室効果ガスの把握に対してデータ連携していく部分が、相互にメリットがあるものとしてデータ流通するのであれば、個々の情報をセキュアに担保することにこだわるのではなく、相殺としてしまってこの情報は出すよと、開示してしまっていい。風上の企業のスコープ1・2は、風下の企業のスコープ3なので、それは自動的にはめればいいという発想が生まれていいはずです。セキュリティの概念自体も、変わらざるを得ないでしょう。

CCT 田口: 何でもかんでも自社の情報は守ろうとするというのが今の状態です。ひとくくりにセキュリティで守ればいいという訳ではなく、今後は暗号化するということ自体に関してコストがかかるし、リアルタイム性が求められるという面で、守ることも難しくなってしまいます。

データそれぞれを全て守らなければいけない訳ではないという前提に立った時に、今どのデータをどう守らなければならない、逆にオープンにしなきゃいけないか。こういったデータの在り方を、事業全体・サプライチェーン全体・社会全体として見た時にどうやってデザインするかが今後のカギと言えるでしょう。

八子 知礼氏
株式会社INDUSTRIAL-X
代表取締役
松下電工㈱、外資系コンサル、デロイト トーマツ コンサルティング執行役員パートナー、シスココンサルティングサービスのシニアパートナー、㈱ウフルのIoTイノベーションセンター所長兼エグゼクティブコンサルタントを歴任。 通信/メディア/ハイテク業界中心のビジネスコンサルタントとして新規事業戦略立案、顧客/商品/マーケティング戦略、バリューチェーン再編等を多数経験。MCPC、IT スキル研究フォーラム、新世代M2Mコンソーシアムでの委員、理事などを歴任、2019年4月にINDUSTRIAL-Xを起業、代表取締役に就任。 CUPA(クラウド利用促進機構)運営委員・アドバイザー、日本英語教育検定協会理事、mRuby普及促進協議会アドバイザーを務める。著書に「図解クラウド早わかり」「モバイルクラウド」、2022年3月に「DX CX SX」を出版。
福本 勲氏
福本 勲氏
株式会社東芝 デジタルイノベーションテクノロジーセンター チーフエバンジェリスト
アルファコンパス代表
1990年3月、早稲田大学大学院修士課程(機械工学)修了。1990年に東芝に入社後、製造業向けSCM、ERP、CRMなどのソリューション事業立ち上げやマーケティングに携わり、現在はインダストリアルIoT、デジタル事業の企画・マーケティング・エバンジェリスト活動などを担うとともに、オウンドメディア「DiGiTAL CONVENTiON」の編集長を務める。また、企業のデジタル化(DX)の支援と推進を行う株式会社コアコンセプト・テクノロジーのアドバイザーも務めている。主な著書に「デジタル・プラットフォーム解体新書」、「デジタルファースト・ソサエティ」(いずれも共著)がある。主なWebコラム連載に、ビジネス+IT/SeizoTrendの「第4次産業革命のビジネス実務論」がある。その他Webコラムなどの執筆や講演など多数。