AI Transformation ~電通総研のAI戦略~
左より田口 紀成氏(Koto Online編集長)、阿野 基貴氏(株式会社電通総研)、福本 勲氏(合同会社アルファコンパス)

今回は「AI Transformation ~電通総研のAI戦略~」をテーマに、Koto Online編集長の田口紀成氏と、株式会社コアコンセプト・テクノロジー(以下、CCT)のアドバイザーで合同会社アルファコンパス 代表CEOの福本勲氏の2人が、株式会社電通総研 クロスイノベーション本部 本部長の阿野基貴氏を招いて、2025年10月8日にウェビナーを開催しました。 今回は、その内容を再構成したダイジェストをお届けします。

阿野 基貴氏
株式会社電通総研 クロスイノベーション本部 本部長
金融・製造・流通/小売・製薬・省庁/自治体などの幅広い顧客向けの国際ネットワークサービスの企画・開発を経て、数多くの基幹・業務システム開発やパッケージソフトウェア開発のプロジェクトマネージャーや全体統括責任者を歴任。
近年は、AI・UX・クラウド・サイバーセキュリティなどの日々進化する先端テクノロジーのR&D/CoE組織※を統括。最先端のデジタル技術を活用したDXを推進し、企業の業務改革や価値創出を支援。
※CoE(Center of Excellence):組織に点在する優れた人材・技術・ノウハウなどを集約し、組織横断的に活用することでDX推進・イノベーション創出・複雑な課題解決などを促進する組織や研究拠点。
福本 勲氏
合同会社アルファコンパス 代表CEO
1990年3月、早稲田大学大学院修士課程(機械工学)修了。同年に東芝に入社後、製造業向けSCM、ERP、CRMなどのソリューション事業立ち上げに携わり、その後、インダストリアルIoT、デジタル事業の企画・マーケティング・エバンジェリスト活動などを担うとともに、オウンドメディア「DiGiTAL CONVENTiON」を立ち上げ、編集長を務め、2024年に退職。
2020年にアルファコンパスを設立し、2024年に法人化、企業のデジタル化やマーケティング、プロモーション支援などを行っている。また、企業のデジタル化(DX)の支援と推進を行うCCTをはじめ、複数の企業や一般社団法人のアドバイザー、フェローを務めている。
主な著書に「デジタル・プラットフォーム解体新書」(共著:近代科学社)、「デジタルファースト・ソサエティ」(共著:日刊工業新聞社)、「製造業DX - EU/ドイツに学ぶ最新デジタル戦略」(近代科学社Digital)がある。主なWebコラム連載に、ビジネス+IT/SeizoTrendの「第4次産業革命のビジネス実務論」がある。その他Webコラムなどの執筆や講演など多数。2024年6月より現職。
田口 紀成氏
Koto Online編集長
2002年、株式会社インクス入社。3D CAD/CAMシステム、自律型エージェントシステムの開発などに従事。2009年にCCTの設立メンバーとして参画後、IoT/AIプラットフォーム「Orizuru」の企画・開発等、DXに関して幅広い開発業務を牽引。2014年より理化学研究所客員研究員に就任、有機ELデバイスの製造システムの開発及び金属加工のIoTについて研究を開始。2015年にCCT取締役CTOに就任。先端システムの企画・開発に従事しつつ、デジタルマーケティング組織の管掌を行う。2023年にKoto Onlineを立ち上げ編集長に就任。現在は製造業界におけるスマートファクトリー化・エネルギー化を支援する一方で、モノづくりDXにおける日本の社会課題に対して情報価値の提供でアプローチすべくエバンジェリスト活動を開始している。
(所属及びプロフィールは2025年10月現在のものです)

目次

  1. 電通総研 クロスイノベーション本部とは
  2. 電通総研のAIソリューション
  3. AIソリューションマップと事例
  4. 「AI For Growth 2.0」の取り組み
  5. 次世代リーダーへのメッセージ

電通総研 クロスイノベーション本部とは

田口氏(敬称略、以下同) 最初に、電通総研についてご紹介いただけますか。

阿野氏(敬称略、以下同) 我々電通総研は、1975年に広告業を営んでいた電通とアメリカのGE(ゼネラル・エレクトリック)の合弁会社として設立された会社です。今年の12月で設立50年の節目を迎えます。もとは電通国際情報サービスという名称でしたが、2024年に現社名へ変更し、その際にグループ内のコンサルティングやシンクタンクの機能を移管・統合しました。システムインテグレーションに加え、シンクタンクやコンサルティングというケーパビリティを拡充することで、企業課題だけでなく生活者や社会課題への支援も包括的に行えるようになりました。

田口 技術面に限らず、総合力で対応できる組織になったという理解でよろしいでしょうか。

福本氏(敬称略、以下同) 上流から下流まで一貫して支援することで、規模の大きな組織へと発展したということですね。

阿野 はい。弊社は設立以来、金融、製造、ビジネス、コミュニケーションITの大きく4つのドメインでビジネスを行っています。幅広いソリューションを展開していますが、特にエンタープライズ領域では独自開発した基幹業務システムを持ち、SIerの中でも大きなシェアを占めているのが強みです。

事業セグメント

阿野 昨年社名を変更し、今年は従来の営業・技術一体の事業部制から、営業と技術の2本部制へ移行するなど組織も大きく再編しました。この組織変更によって社内人材の流動性を高めることができますし、お客様に向き合って幅広いソリューションを提供できる柔軟で機動的な体制が実現できました。私が所属しているクロスイノベーション本部は技術統括本部下の7つの本部の一つで、AI・UX・クラウド・セキュリティなど各種の先端テクノロジーの専門家を集めた集団です。

福本 クロスイノベーション本部では、例えば金融や製造など他の本部のメンバーと協働で顧客対応をされているのでしょうか。

阿野 そうですね。他の本部との協働だけでなく、現在の組織には、旧クロスイノベーション本部のメンバーだけでなく、金融・製造・広告事業部出身のメンバーも在籍しています。

福本 なるほど。では、各業種のドメイン知識がある方も組織内に取り込んでいるのですね。

田口 クロスイノベーション本部はプロフィットセンターになるのでしょうか?

阿野 そうですね。技術統括本部自体がプロフィットセンターです。営業がプロフィットセンターで技術はすべてコストセンターという捉え方もあったのですが、クロスイノベーション本部も達成目標である予算を持っています。先端技術の研究開発だけを追及するのではなく、プロフィットセンターであることを意識して取り組んでいます。

田口 マーケットとの距離も適切に保ちながら技術開発も行うということですね。クロスイノベーション本部は、当初から存在していた組織なのでしょうか?

阿野 数年前から、先端技術の研究開発に軸足を置いた組織は存在していました。組織を組み替えるタイミングで各事業本部の部隊も合流し、技術開発と事業の両軸の組織になっていきました。

電通総研のAIソリューション

田口 先端技術にフォーカスしている組織として、最近ですとAIは外せない話題です。電通総研様での取組みを教えてください。

お客様のAI活用を企画から運用までトータルでご支援

阿野 クロスイノベーション本部のAI TRANSFORMATION CENTER(AITC)は、AIに特化した組織です。AITCでは最先端のAI技術開発に加えて、いくつかのソリューション開発も行っています。お客様の業務に開発したソリューションを適用していく際には、導入やコンサルティングにとどまらず企画から運用まで一気通貫で支援しています。今年はAIエージェント元年と言われる節目の年でしたよね。昨年と今年では、AIの活用が大きく変わったと感じます。

福本 そうですね。これまでは人とAIが相互にやり取りをしながら進めるような形でしたが、最近は人の手を逐一介さずに、AIが自律的に進めてくれるようになっていますね。

阿野 少し前まではできなかったことがわずか2週間で可能になるほどのスピード感で開発が進みますので、現場は非常に多忙です。生成AIの進化に対応するのは簡単ではありません。

田口 急速に変化する中、「先行きが不透明な状況でもサービス開発を進めなければならない」ということですね。

福本 開発者は「新しい技術に追いついていく」という感覚なのか、それとも「自分たちが新しいことをやっているのにどんどん追いつかれる」という感覚なのか、どちらですか?

阿野 我々の感覚は前者です。技術開発の方向性はある程度想定できますが、想定よりも早く新しいものが出てきますので、生成AIを開発している企業と協力しながら先行で研究開発するように取り組んでいます。いくら先端テクノロジーを活用してもお客様の業務に適用できなければ、意味がありません。そのため、管理機能や安全に安心して使えるパッケージの形にして、導入したらすぐに使えるようにしています。

田口 今、資料にあるエンタープライズ向け生成AI活用ソリューションが開発したパッケージの一部でしょうか?

エンタープライズ生成AI活用ソリューション

阿野 そうですね。「Know Narrator/ノウ ナレーター」というシリーズです。実際にソリューションを利用する中でのプロンプトやどのように使われているかというデータは重要なので、利活用しなければなりません。また、このデータを分析して次の一手を打つにあたって、生成AIの利用履歴を分析するインサイトが仕組み化されている点は、お客様からも評価されています。さらに、社内文書を検索するシステムやこれまでDXで取り組んできた業務システムと接続し取得・蓄積したデータを活用するためのAPIも整えています。

田口 変化が激しい中でさまざまなプロダクト・サービスを開発していますが、開発体制はどのように構築しているのでしょうか?

阿野 そうですね。弊社の社員を中心に、電通総研グループ内の開発に特化した会社のメンバーが加わっています。また、MicrosoftやOpenAIなどの企業とも技術提携をしています。

田口 なるほど。これまでのシステムインテグレーションでは開発のステレオタイプがありましたが、生成AIを活用したソリューションにはステレオタイプはありません。新しい領域で技術者もどのように進めたらいいかわからない中で、人を育てたり開発パートナーを選定したりというのは戦略として難しいと感じますが、それがチャンスにつながることもあるのですね。

阿野 今年はAIエージェントプラットフォーム「Know Narrator AgentSourcing(ノウ ナレーター エージェントソーシング)」をリリースしました。製造・金融・人事会計などの業務ノウハウをAIエージェント化し、用途に応じてカセットのように組み替えることが可能です。一方で、標準的なものではなくお客様の業務に合わせた形のAIエージェントも求められますので、カスタマイズの基盤部分を簡単に管理運用できるような仕組みになっています。

福本 共通基盤化しておいた方が、運用も楽ですよね。

田口 これまでは行われていなかった構成管理やプロンプト管理が必要になってきていますので、どのように実現するのかという点についてこれから議論が深められていくのですね。

「これからは、構成管理やプロンプト管理をどう実現するかという議論が深められていくのですね。」(Koto Online編集長 田口氏)
(画像=「これからは、構成管理やプロンプト管理をどう実現するかという議論が深められていくのですね。」(Koto Online編集長 田口氏))

福本 AIエージェントの場合には、プロンプトをAIエージェントが作ってくれてそれを生成AIに入力するようになるので、人がプロンプトを書かなくてよくなっています。

田口 ユーザーにとってはメリットが大きいです。一方で、構成管理・プロンプト管理という観点では、AIエージェントが作成したプロンプトをどのように管理するのかが難しいですね。

阿野 まさにそうです。マーケティングのサービスも開発していますが、プロンプトのバージョン管理および運用の設計に苦労しています。

田口 プロンプトを入力する生成AIが変わると、同じプロンプトでも出力結果が変わります。入出力の関係性をどのように維持するのかは、悩ましいと思います。

阿野 クラウドサービスが普及していく際も同様でしたが、プラットフォーマーの本国の方で変更が入っていて、日本法人の方はその変更が入っていたことを知らなかったということもありました。プラットフォームの変更に、アプリケーションやシステムができるだけ影響を受けないようにするために、プラットフォーム側の変更をソリューション側で吸収できるように仕組み化する必要があります。

田口 変更管理をどのようにするかというのは、これから面白い動きになっていきそうですね。

AIソリューションマップと事例

阿野 電通総研には、AI領域に深い知見と技術力を持ったAITCという専門の部隊がいますし、KNOW NARRATORを含め多くのAIソリューションの開発・導入実績があり、電通グループ全体で見ると各社ともかなり先進的な取組みをしています。これら電通グループ全体のケイパビリティを組み合わせることでAIのオファリングが広がり、電通グループのAIビジョンとして「AI For Growth」を掲げてさまざまなソリューションを打ち出しています。

電通総研のAIソリューションマップ

阿野 電通総研としてコンサルティングやシンクタンクの機能を拡充したことと、電通グループの横のつながりを組み合わせることにより、幅広い領域におけるAIソリューションを開発・提供できています。特に電通総研として強いのがエンタープライズ向けソリューションなので、ここをベースにしながらAIソリューションを組み合わせていくことが我々の特徴であり、強みだと考えています。

田口 強みであるエンタープライズソリューションも、AIでさらに強化されていきそうですね。そう考えると、大きな開発リソースを投入していかなければならないことが想定できます。

阿野 そうですね。最近の取り組みは、「経営・人事・コーポレート」、「販売・マーケティング、エンジニアリング・サプライチェーン」、「環境・文化・社会」の3つに分類しています。「経営・人事・コーポレート」では、人的資本経営や社内DX・業務効率化ですね。次に「販売・マーケティング、エンジニアリング・サプライチェーン」についてはマーケティングの高度化や技術伝承・自動設計などが求められています。最後の「環境・文化・社会」では非財務の企業価値分析や向上に加えて、ソーシャルメディア分析などが必要です。お客様からはこの領域のキーワードをいただくので、事例をいくつか紹介します。

田口 ここから事例を紹介してくださるのですね。では、ポイントになる箇所を中心に事例紹介をお願いします。

阿野 人事系のHUMAnalyticsは、POSITIVEという人事系の自社開発システムとAIを組み合わせたトータルHRソリューションです。経営戦略や人事戦略を作っていくような仕組みを提供しています。また、全社的に生成AIを活用し組織づくりや人材育成、ガバナンスまで含めたコンサルティングサービスも提供しています。他には、電通グループとして強いマーケティングのプロセスが革新的に変わっていくということで、ソリューションを開発している状況です。

トータルHRソリューション「HUMAnalytics」

田口 「AIネイティブに変えていかないと」ということですね。

阿野 ビジネスという観点で見ると、コンタクトセンターへの適用はコスト削減に効いてきます。

福本 欧州のAI act(欧州AI規制法)だと、相手がAIかどうかを明示するような法律が発行されるほど、人とAIの見分けがつかないようになっていくのでしょうね。

田口 まさに、声を聞いてもまったくわからないこともあります。

阿野 コンタクトセンターは、だいぶAIに置き換わってきました。音声領域においてAI活用のニーズは非常に高いので、活用しやすい仕組みを提供しています。また、製造業でニーズが強いのは、ベテランの方が退職されることによる労働力不足に備えた技術伝承です。ベテランの知見・暗黙知を形式知に落とし込む部分でAIエージェントを活用してお手伝いしています。例えば、有識者へのインタビューにAIを活用して引き出していきます。AIがどんどんノウハウを引き出し、それをオントロジー化してエージェントにしていくという形です。

福本 日本は「考える現場」なので、「ものづくり現場に考えさせて改善させていくのか」それとも「欧米のように現場を自動化することで得たノウハウをフロントに集約・蓄積していくのか」この2つの方向性のどちらに取り組んでいくのかという点が課題だと感じます。

「日本が強いものづくり現場に考えさせる方向にいくのか、現場は自動化して得たノウハウをフロントに集約させるのか、どちらの方向にいくのか、考える必要があります。」(アルファコンパス 福本氏)
(画像=「日本が強いものづくり現場に考えさせる方向にいくのか、現場は自動化して得たノウハウをフロントに集約させるのか、どちらの方向にいくのか、考える必要があります。」(アルファコンパス 福本氏))

田口 確かにそうですね。専門家がやる仕事でも暗黙知部分を推測して聞き出す形になりそうです。そうすると、暗黙知を形式知化するためのプロセスは単純になっていくので、今までは技術伝承と言いつつ人が頑張っていましたけれども、方向性が変わる可能性があります。

阿野 オールインワンですべてできるエージェントというのは、逆に危ないし、難しいと考えています。人間も各領域ごとの専門家が部署を横断して議論して製品やサービスを作り上げていくのと同じで、各領域ごとの専門家であるAIエージェントが会話しながら作り上げていくのではないでしょうか。また、自動設計については部分的に進んできています。V字の設計開発プロセスの中で効果の高いところからAIエージェントの活用を部分的に取り組んでおり、効率化や自動化に加えて人材育成の面で効果的です。

田口 この流れが進むと、V字開発の設計プロセスの底が浅くなると考えられます。

阿野 10年後、15年後の開発プロセスは今と同じではないのだろうなと感じます。AIやモデルを中心に置きながら、市場データからのフィードバックを含めてアジャイルのように同時並行的に進んでいくのではないでしょうか。

田口 そうすると、開発者側の組織も縦割りの機能別組織だと合わないですよね。AI前提の組織のあり方を考えないといけないと感じます。

福本 開発プロセスも、ウォーターフォールだと合わなくなるのでしょうね。

阿野 我々もシンクタンクとして議論を行い、どういう開発プロセスになるのかをしっかり発信したいと思っています。

田口 システムインテグレータの業界は分岐点に来ていると思うのですが、御社はプロダクトを豊富に保有しており、膨大なデータもテーブルとして持っているという強みがあると思います。そういう状況だからこそ、例えばデータデザインは人がやるべきかAIがやるべきかなど、見える景色というのがあるのではないでしょうか。

阿野 製造だけでなく、業界特化のノウハウやプロセスを先を見据えて設計することがポイントです。ここは我々の強みの領域だと思いますので、すでに取り組み始めています。

田口 リスクを取ってプロダクトを保有していることが、強みとなり得るのですね。

阿野 他には、エンジニア業務に特化した自動シミュレーションモデルの活用や、非財務領域での債務価値の評価にも取り組んでいます。

「AI For Growth 2.0」の取り組み

田口 電通グループのビジョンである「AI For Growth」について、先日話されていた2.0に向けてどのように進化していくのかという点も含めて、取り組みをお話ください。

阿野 はい。電通グループとしては生成AIが出る前から「AIコピーライター」や「テレビ視聴率予測」などを始め、さまざまな形での活用に取り組んでいました。電通総研においてもマシンラーニングを含めたエンタープライズへの取り組みをしています。生成AIの登場により従来の手法だけでは対応できなくなりましたので、電通総研の得意分野であるエンジニアリングや金融を含め電通全体のマーケティング領域では生成AIを活用した仕組みを、この2~3年で構築してきました。昨年の「AI For Growth」に続き、今年は「AI For Growth 2.0」として、電通グループ全体でソリューションを一体的に構築しています。

田口 「AI For Growth 2.0」での「マーケティングの全てを、AIネイティブ化」というメッセージは、マーケティング領域に特化するという話ですね。

阿野 そうですね。「AI For Growth」自体はエンジニアリングやコーポレートも含めバリューチェーン全体での話をしています。電通が持っている生活者やお客様のデータとノウハウを掛け合わせることで、価値向上や事業成長につながる仕組みを提供していくというコンセプトです。生成AIでは唯一無二のプロンプトを作成することは難しいので、電通グループのコアと考えているのはマーケティング領域で培ってきたデータです。もう一つ、電通のクリエイティブやディレクターが培ってきた創造的な経験や思考プロセスも電通の強みといえます。この二つをデータ化、モデル化して提供していくことが重要なポイントです。

dentsu Japan AI開発の強み

田口 なるほど。

阿野 People Modelは毎年15万人の居住地や年齢、性別、趣味、購買などさまざまなデータを取得しています。そのすべてをAIペルソナ化し、それを日本の人口統計の1億人に合わせて拡張することで、日本全体のシミュレーションできる状態を構築しています。新商品発売時に、人気のある層や売れない理由を企画段階から繰り返しシミュレーションできます。現状、精度は約80%で、傾向分析には十分なレベルです。

田口 このシミュレーションによって、本当に精度の高い商品やサービスしか出てこなくなるということも期待できるのでしょうか。

阿野 そうですね。消費者は変わっていきますので、People Modelもそれに合わせて変わっていきます。もう一つのCreative Thinking Modelは、電通のクリエイターが生み出してきたヒット商品や企画などの創造的な思考を元に構築しています。通常では生まれにくい創造的なアイデアを出力できるモデルで、精度は着実に向上しています。こうしたデータやモデルを使いながら、統合マーケティングAIエージェントを開発中です。各マーケティングプロセス向けに特化型AIを開発してきた経験をもとに、それらを統合したAIエージェントの構築・提供に取り組んでいます。

「People ModelとCreative Thinking Modelをうまく組み合わせた統合AIエージェントの開発をに取り組んでいます。」(電通総研 阿野氏)
(画像=「People ModelとCreative Thinking Modelをうまく組み合わせた統合AIエージェントの開発をに取り組んでいます。」(電通総研 阿野氏))

田口 ここまでAIエージェントというキーワードが盛んに出ています。ただ、もともとはAIエージェントを前提とした設計のソリューションばかりではないと思うのですが、AIエージェントを使う難しさは見えているのでしょうか?

阿野 その通りで、これらのソリューションを構築しているAIモデルや環境、言語は共通ではありません。AIエージェントで統合する際にはアーキテクチャを一つに統一していく必要があるので、標準のアーキテクチャを開発し、それに対してインターフェースを整えるという部分で苦労しました。

田口 この統合モデルのロードマップについて教えていただけますか?

阿野 統合マーケティングAIエージェントは、電通グループの社内でお客様の分析用に使っているものでした。この全体の統合は2025年内をイメージしています。この門外不出のデータをサービスとしてお客様自身に使っていただくのは、2026年早々に提供を開始していくことをイメージしています。

統合マーケティングAIエージェント

田口 スピード感がすごいですね。この開発もAIで効率化されているということですか?

阿野 そうですね。電通総研の中でもAI駆動の開発は進めていますけれども、人間だと7、8時間しか働けないところをAIエージェントであれば24時間動けるという意味では少なくとも3倍ですし、エージェントの数を増やせば10倍や100倍にできます。その結果が、生産性の向上と開発の加速につながっています。

田口 ここまで阿野さんに電通総研のAI戦略、および電通グループ全体の取り組みについて伺いました。福本さんはお話を聞いてどのように感じますか?

福本 欧米はブルーワーカーの方がデジタルに指示され、デジタルに監視されて働く世界に変わりつつあると感じています。電通グループが自社の強みであるマーケティングをAIに学習させ、AIエージェントとしてサービス提供していくように、日本では現場が持つ強みをAIに学習させ設計やマーケティングなどにフィードバックしていくことで、日本の強みを出していくことが重要ではないでしょうか。日本の強みを活かすために、AIエージェントを活用する動きが重要だと考えます。

田口 欧米はどのような状況なのでしょうか?

福本 最近のソリューションを見ていると、作業手順に基づいた現場の作業を生成AIが監視し、もし間違っていたら注意をするというようなソリューションが出始めています。デジタルと人の関係はどちらが上かということは関係なく、デジタルの指示を受けて人が動くというシチュエーションが増えていくと考えています。デジタルの指示を受けて働けるのであれば、それは人ではなくヒューマノイドでもいいという流れになるかもしれません。AIエージェントは24時間働けるという話がありましたが、ヒューマノイドも24時間働けますので、ヒューマノイドに人の持つノウハウをどう活かしていくかという方向にシフトしていくかもしれないと考えています。

田口 ヒューマノイドまでいくと、人の役割は何かという話になりますね。

阿野 AIエージェントの先にあるのはフィジカルなので、ヒューマノイドという流れになっていくのは間違いないと思います。

次世代リーダーへのメッセージ

田口 ここまで、「AI Transformation」というテーマで話をしていただきました。最後に、次世代リーダーへのメッセージということで、コメントをお願いします。

阿野 AIの開発はスピード感に圧倒されてしまいがちです。ただ、圧倒されて何もできないのはよくないので、経営層を含めて上層部がAIに向き合い、しっかり使ってもらうようにしています。AIがいろんなことをできる時代になると、「人をどうするのか?」という話になります。現場の作業はAIがこなせるかもしれませんが、人は少し高い視座を持ちAIに仕事を取って代わられるのではなく、人はAIを使いながら加速・進化させていけるはずです。次世代リーダーには、そのような高い視座を持って行動してほしいと考えています。我々の中には、現場の柔軟性やデータなどの強みがあるので、その強みを宝にして形にしてほしいです。

田口 日本の魅力をさらに高めるために、AIの力を活用するということですね。

今回は、「AI Transformation ~電通総研のAI戦略~」ということで、電通総研の阿野さんにお話を伺いました。ありがとうございました。

田口 紀成氏(Koto Online編集長)、阿野 基貴氏(株式会社電通総研)、福本 勲氏(合同会社アルファコンパス)

【関連リンク】
電通総研株式会社https://www.dentsusoken.com/
合同会社アルファコンパス https://www.alphacompass.jp/
株式会社コアコンセプト・テクノロジー https://www.cct-inc.co.jp/