TSNとは?活用するメリットや導入事例、注意点などを解説

製造現場では生産効率の向上と品質管理の高度化が求められており、特にITシステムと制御システムの連携強化が重要な課題となっています。

従来は別々のネットワークで運用されていたシステムですが、確実性やリアルタイム性を両立できるネットワーク技術への需要が高まっているのが現状です。

一方で、高精度な時刻同期と確定的通信を実現するネットワーク技術の導入には、機器選定から運用まで専門的な知識が必要になります。

この記事では、次世代産業用ネットワーク技術として注目されるTSNの基礎知識から導入手順、成功事例、さらに導入時の注意点まで解説していきます。

目次

  1. TSNとは?
  2. TSNを活用する3つのメリット
  3. 製造業におけるTSN導入の成功事例3選
  4. TSN導入までの手順6ステップ
  5. TSN導入時の3つの注意点
  6. TSNの今後の展望
  7. まとめ

TSNとは?

TSNとの概要

TSNとは「Time-Sensitive Networking」の略称で、従来の標準イーサネットを拡張した産業用ネットワーク技術です。

アメリカの電気電子学会(IEEE)によって定められた国際規格で、製造現場で重要な「時間の正確さ」を実現します。

従来のイーサネットでは、データが届く時間にばらつきがありました。

しかしTSNでは、ネットワークに接続された機器同士が1マイクロ秒以下という非常に高い精度で時刻を合わせることができます。さらに、重要なデータを優先的に送る仕組みも備わっています。

この技術により、工場の情報システム(IT)と制御システム(OT)を一つのネットワークで結ぶことが可能になりました。

例えば、生産ラインの機械制御と品質管理カメラの映像を同じ回線で扱えるため、設備投資を抑えながら工場全体の効率化が図れます。

TSNは製造業のデジタル化を推進する重要な基盤技術として、スマートファクトリーの実現に大きく貢献するでしょう。

TSNを活用する3つのメリット

TSNを活用するメリットとして、以下の3つがあげられます。

  • ITとOTシステムの統合による運用効率化
  • 異なるメーカー機器の相互運用性向上
  • 生産性向上とダウンタイム削減

順番に解説していきます。

メリット1:ITとOTシステムの統合による運用効率化

従来の工場では、情報システム(IT)と制御システム(OT)が別々のネットワークで動いていました。

しかしTSNを導入することで、両方のシステムを一つのネットワーク上に統合できるため、運営の無駄を大幅に減らせます。

例えば、生産管理システムと機械制御を同じ回線で行えるようになり、意思決定のスピードが格段に向上するでしょう。また複雑だったネットワーク構成がイーサネット規格に基づく単一のアーキテクチャに統合され、コスト削減と容易な拡張性を実現しています。

工場全体のデータ管理が一元化されることで、品種と生産量の変化にもリアルタイムで柔軟に対応できるようになります。

メリット2:異なるメーカー機器の相互運用性向上

製造現場では、様々なメーカーの機械や装置が混在していることが一般的です。

TSNは標準的なイーサネット技術を基盤としているため、異なるベンダーからの多様な生産設備をシームレスに統合することが可能になります。結果として一貫したネットワークインフラを構築できるため、システムの保守管理が簡単になるでしょう。

従来は別々のプロトコルで動いていた異なるシステムが、TSN上では通信帯域を分割して棲み分けることで、確実な通信を実現できます。

メリット3:生産性向上とダウンタイム削減

TSNの最大の特徴は、1マイクロ秒以下という高精度な時刻同期と、重要なデータを優先的に送る仕組みです。

例えば製造現場では、制御データに優先順位をつけ、タイムリーな伝送を保証する機能により、生産性の大幅な向上が期待できます。

この結果、データ集約型の環境でも高い性能を発揮されるのです。

さらに、ダウンタイムの削減、応答時間の短縮、機器の効率性改善により、運用効率と生産性の両面で大きな成果を上げることができます。

製造業におけるTSN導入の成功事例3選

ここからは、実際にTSNを導入した企業の実例を紹介していきます。

順番に見ていきましょう。

事例1:半導体製造装置への統合による高精度制御の実現

ある大手リソグラフィソリューション企業では、ウェハ製造プロセスにTSNを導入し、画期的な成果を上げました。

従来の製造工程では、ウェハのミスアライメント補正システムとマシンビジョンが別々のネットワークで動作していたため、制御の遅延や不安定さが課題となっていました。

しかしTSN技術を活用することで、高帯域幅ビデオアプリケーションと高信頼性のオンデマンドモーション制御を同一ネットワーク上で統合できるように。

この導入により、ミスアライメント補正システムに必要なマシンビジョンが完全に統合され、安定したモーション制御システムを実現しています。

また、インフラの保守や拡張が容易になったため、総所有コストの削減にも大きく貢献しました。

事例2:工作機械メーカーにおける複数システムの統合化

世界有数の産業機械メーカーでは、CNC機械に複数のアプリケーションを集約するためにTSNを導入しました。

従来は決定論的なレーザー制御と機械制御を調和させることが困難で、特に海外に出荷する場合はコンポーネントの統合と保守に多くの労力が必要だったのです。

そこで同社は効率性と拡張性を高めるため、機械に内蔵するTSNネットワークを構築。さらに、マシンビジョンカメラにリモートI/Oを接続することで、産業用PCに情報をフィードバックする仕組みも確立されました。

従来はイーサネットの先入れ先出しの特性により、重要なデータを同じ配線で伝送できませんでしたが、TSNにより標準的なイーサネットインフラでこの課題を解決できました。

事例3:家電メーカーでの生産ライン全体の最適化

ある大手家電メーカーでは、TSNの導入により生産プロセス全体で大幅な改善を実現しています。TSN導入により、生産ラインのデバイスの精密な制御と同期が可能になりました。

この結果システム全体の応答性が向上し、データ集約型の環境で高い性能を維持できるように。

また、異なるベンダーからの多様な生産デバイスのシームレスな統合も実現し、ネットワーク管理と最適化が大幅に簡素化されました。

さらにTSNの制御データに優先順位を付けることで、

  • ダウンタイムの削減
  • 応答時間の短縮
  • デバイスの有効性向上

といった生産性向上を実現しています。

TSN導入までの手順6ステップ

TSN導入までの手順は、以下の6ステップに分けられます。

  1. 現状分析と導入目的の明確化
  2. ネットワーク設計と実装計画の策定
  3. TSN対応機器の選定と調達
  4. システム構築と初期設定
  5. 動作検証とテスト運用
  6. 本格運用開始と運用体制構築

順番に解説していきます。

ステップ1:現状分析と導入目的の明確化

TSN導入の第一歩として、工場の現在のネットワーク環境を詳しく調査する必要があります。

  • どのような機械や装置が動いているか
  • どんな通信方式を使っているか
  • データの流れはどうなっているか

などを把握します。

同時に、TSNを導入する目的を明確にしましょう。

生産性向上、品質改善、コスト削減など、達成したい目標を具体的に設定します。

また、既存のアプリケーション要件とネットワーク構成を完全に理解することが、最適なプロトコルと適切な設定を選択するための必須条件です。

例えば、制御データの送信とカメラ映像の伝送を同じネットワークで行いたい場合、どちらのデータをどのタイミングで送るかを事前に決めておく必要があります。

現状分析により、TSN導入後のメリットと課題を正確に見積もることができるでしょう。

ステップ2:ネットワーク設計と実装計画の策定

現状分析の結果を基に、TSNネットワークの全体設計を行います。

従来は別々のネットワークで動いていたIT(情報システム)とOT(制御システム)を、一つのネットワークに統合する計画を立てます。

通信帯域をどのように分割するか、重要なデータにどの程度の優先順位をつけるかなど、具体的な設定内容を決定していきましょう。

設計時には、異なるメーカーの機器を接続する場合の相互運用性も考慮しなければなりません。

TSNは標準的なイーサネット技術を基盤としているため、さまざまなベンダーの機器を統合できますが、事前に接続テストの計画も立てておく必要があります。

さらに、将来の拡張性も見込んだネットワーク構成にすることで、後々の設備投資を効率化できます。

実装スケジュールと予算計画も同時に策定し、段階的な導入方法を検討しましょう。

ステップ3:TSN対応機器の選定と調達

ネットワーク設計に基づいて、TSN対応のスイッチやコントローラなどの機器を選定します。

重要なのは、選択する機器がAvnu認証を取得しているかどうかの確認です。

Avnu認証は、異なるメーカーの機器同士が正しく通信できることを保証する国際的な認証制度となっています。機器選定では、必要な通信速度や接続ポート数、設置環境の条件なども考慮します。

工場の温度や振動、電磁ノイズなどの環境に耐えられる産業用グレードの製品を選ぶことが大切です。

また、既存の制御システムとの互換性も重要な選定基準となります。

調達時期については、機器の納期と工事スケジュールを調整し、計画通りに進められるよう余裕を持った発注を心がけましょう。

ステップ4:システム構築と初期設定

選定した機器を実際に設置し、ネットワークの物理的な配線を行います。

TSNでは1マイクロ秒以下という非常に高い精度で時刻同期を行うため、ケーブルの品質や配線経路にも注意が必要です。

電磁ノイズの影響を受けにくい配線方法を選択し、信号品質を確保します。

次に、各機器のソフトウェア設定を実施しましょう。

時刻同期の設定、通信帯域の分割設定、データ優先度の設定など、設計段階で決めた内容を具体的に機器に反映していく作業です。

設定作業では、専用の設定ツールを使用する場合が多く、メーカーが提供するマニュアルに従って正確に入力する必要があります。設定完了後は、各機器が正常に通信できているかを基本的なレベルで確認し、次の検証段階への準備を整えます。

ステップ5:動作検証とテスト運用

構築したTSNネットワークが設計通りに動作するかを詳しく検証します。

まず、時刻同期が正確に行われているか、重要なデータが優先的に送信されているかなど、TSNの基本機能をテストします。

実際の生産データを使った通信テストも実施し、遅延時間や通信の安定性の測定が必要です。テスト運用では、既存の生産ラインに影響を与えないよう、段階的にTSNネットワークに切り替えていきます。

最初は重要度の低い用途から始めて、徐々に制御系の通信もTSNに移行する方法が一般的です。

この期間中に発見された問題に迅速に対処し、設定の調整や機器の交換などを行います。

また、運用担当者への操作説明や緊急時の対応方法についても教育を実施し、本格運用への準備を完了させます。

ステップ6:本格運用開始と運用体制構築

テスト運用で問題がないことを確認できたら、TSNネットワークの本格運用を開始します。

運用開始後は、ネットワークの性能監視と定期的なメンテナンスが重要です。通信遅延の監視、機器の状態確認、設定変更の管理などを継続的に実施し、安定した運用を維持していきます。

運用体制では、TSNネットワークに関する知識を持った担当者の配置が不可欠です。トラブル発生時の対応手順を明確にし、迅速な復旧ができる体制を整えましょう。

さらに、将来の設備拡張や機器更新に備えて、TSNネットワークの成長計画も継続的に見直していく必要があります。

定期的な性能評価により、導入目的が達成されているかを確認し、必要に応じて追加の改善施策を検討することで、TSNの効果を最大限に活用できるでしょう。

TSN導入時の3つの注意点

注意点としては、以下の3つがあげられます。

  • TSN対応機器であるかの確認
  • ネットワーク管理の複雑化
  • システム互換性確保

順番に見ていきましょう。

注意点1:TSN対応機器であるかの確認

TSNの機能を十分に活用するためには、ネットワーク内の全ての機器がTSN対応である必要があります。

これには、PLC(プログラマブル・ロジック・コントローラ)、リモートI/O、スイッチングハブなどが含まれ、一部の機器だけをTSN対応にしても、ネットワーク全体でTSNの恩恵を受けられません。

従来のイーサネット機器が混在する環境では、TSNの時刻同期や確定的通信といった重要な機能が正常に動作しないためです。

例えば、生産ラインで一つでも非対応の機器があると、その箇所でデータの遅延やジッターが発生し、全体の精密な制御が困難になってしまいます。

また、機器の入れ替えには多額の投資が必要になるため、将来の工場内ネットワーク構成を見極め、計画的に対応を進めていく必要があります。

注意点2:ネットワーク管理の複雑化

TSNネットワークの接続デバイス増加に伴い、ネットワークの管理はより複雑になります。

特に、時分割通信の設定や異なる種類の通信の優先度設定には、高度な知識と経験が必要となるため、TSNに精通した技術者の育成が欠かせません。

これらの複雑なプロセスを管理するためには、CNC(中央ネットワークコントローラ)などの管理や設定ツールが必要です。

しかし企業は、これらを導入する負担に耐えられない可能性があります。

さらにデータ量の増加で、ネットワークリソース管理のコストと複雑さも増大するのです。

注意点3:システム互換性確保

TSNの統合を成功させるためには、製品が必要な試験仕様に合致しているかを確認する作業が重要です。

しかしこれらの作業には多くの労力や時間が必要となり、理解するための専門知識が求められます。

また異なるメーカーの機器が正常に連携できるかの互換性確認も必須で、実際の運用環境での動作テストを十分に行わなければなりません。

これらの検証作業を怠ると、導入後にシステム全体の安定性に問題が生じる可能性があります。

TSNの今後の展望

TSNの市場規模は急速な成長が予測されており、2023年の2億米ドルから2028年には17億米ドルまで拡大し、年平均成長率58.3%という驚異的な伸びを示すと見込まれています。

この成長の背景には、製造業以外の分野への応用拡大があります。

技術面では、現在の有線ネットワークから無線通信への拡張が期待されており、5Gネットワークと統合することで、さらに幅広い用途での活用が可能になるでしょう。

また、AIとの連携により、リアルタイムデータ分析や機械学習モデルの動的更新など、新たな産業用アプリケーションの創出も見込まれています。

応用分野も製造業を超えて広がりを見せており、自動車の自動運転システム、航空宇宙分野の航空機制御、さらにはビルオートメーションや電力網の管理まで、多岐にわたる分野での活用が進んでいます。

TSNは産業用IoT(IIoT)の将来において中核的な役割を担う技術として、産業界のデジタル化と効率化を大きく推進する技術になるでしょう。

まとめ

TSN(Time-Sensitive Networking)は、従来のイーサネットを拡張したIEEE規格の産業用ネットワーク技術です。

1マイクロ秒以下の高精度時刻同期により、工場のIT(情報システム)とOT(制御システム)を統合し、製造業のデジタル化を推進します。

TSN導入の主要メリットは以下の通りです。

メリット 内容
システム統合 ITとOTの一元化による運用効率化
相互運用性 異なるメーカー機器の統合が容易
生産性向上 ダウンタイム削減、応答時間短縮

注意点として、全機器のTSN対応確認、ネットワーク管理の複雑化への対応、システム互換性の確保が挙げられます。

TSN市場は2023年の2億米ドルから2028年には17億米ドルへ拡大予想(年平均成長率58.3%)されており、製造業を超えた幅広い分野での活用が期待されています。

TSNは産業用IoTの中核技術として、スマートファクトリー実現の重要な基盤となるでしょう。