
製造業においてデジタル化が加速する中、IoTデバイスの通信方式として注目を集めているのがMQTTです。
工場内の多数のセンサーや機器をつなぎ、効率的にデータをやり取りするこの通信プロトコルは、省電力性と安定性に優れた特長を持っています。
近年、製造現場のスマート化が進む一方で、多様な機器の連携やデータ活用に課題を抱える企業も少なくありません。
MQTTはこれらの課題を解決し、生産性向上やコスト削減を実現する重要な技術として位置づけられているのです。
本記事では、製造業におけるMQTTの活用メリットや導入ステップ、注意すべきポイントまで、経営視点から詳しく解説していきます。
目次
MQTTとは?
MQTT(Message Queuing Telemetry Transport)は、機械同士がデータをやり取りするための軽量な通信方式です。
1999年にIBM社とEurotech社により考案され、特に少ないエネルギーと通信容量で効率よく情報を伝達できる特徴があります。
インターネットにつながる様々な機器(IoTデバイス)間の通信に最適で、特に電池で動く機器や不安定な通信環境での使用に向いているのが大きな利点です。MQTTの仕組みは、情報を発信する側(パブリッシャー)と受け取る側(サブスクライバー)を中継サーバー(ブローカー)が仲介する形で動作します。
製造現場のセンサーや機械設備など、多数の機器をつなぐ場合にも効果的な通信技術と言えるでしょう。
製造業でMQTTが活用される3つの理由

製造業でMQTTが活用される理由としては、以下の3つがあげられます。
- 省電力・低コスト運用できるため
- 大規模なIoTデバイス管理が実現するため
- リアルタイム監視と予防保全が期待できるため
順番に解説していきます。
理由1:省電力・低コスト運用できるため
MQTTの最大の特徴は、データのやり取りに必要なヘッダ情報が非常に小さく設計されている点です。
一般的なWebサイト通信で使われるHTTPでは、ヘッダ部分が50バイト以上になることが多いのに対し、MQTTでは数バイト程度で済む場合があります。このデータサイズの小ささは、通信時間の短縮につながり、電力消費を大幅に削減できるという利点があります。
製造現場では、多数のセンサーやカメラなどの機器が電池で動作することが多く、電力消費の少ない通信方式は運用コストの削減に直結します。
実際に、MQTTを使用することでHTTPと比較して、
- 通信量
- CPU負荷
- 電力消費量
を約10分の1に削減できるという実績も。
製造業では予算内での効率的な運用が求められるため、低コストで導入できるMQTTは理想的な選択肢と言えるでしょう。
理由2:大規模なIoTデバイス管理が実現するため
製造現場には数百、時には数千のセンサーや機器が存在し、それらを効率的に管理する必要があります。
MQTTの重要な特徴として、複数のデバイス間で効率的に通信できる「多対多通信」の能力が挙げられます。一般的なWeb通信(HTTP)では基本的に1対1の通信ですが、MQTTは1対多や多対多のやり取りが可能なため、工場内の多数のセンサー情報を一括管理・制御しやすくなります。
例えば、大規模な製造工場では、数千個のセンサーがMQTTを使用して温度、湿度、振動などのデータをリアルタイムで中央システムに送信できます。
特に製造設備の統合管理においては、Modbus、OPC-UA、Siemens、三菱など80以上の産業用プロトコルを持つ異種の産業機器を接続する能力があり、製造現場のデジタル化に大きく貢献します。
この接続性の高さにより、新旧様々な製造機器を同一システムで管理できる柔軟性が生まれます。
理由3:リアルタイム監視と予防保全が期待できるため
製造業において、機械の故障による計画外のダウンタイムは大きな損失を招きます。
MQTTは不安定なネットワーク環境でも確実にデータを伝送できる信頼性を持ち、製造現場の様々な場所に設置されたセンサーからのデータを安定して収集できます。例えば、振動センサーを用いることで機械の微細な異常をリアルタイムで検知し、設備の状態を継続的に監視する仕組みが構築可能です。
この仕組みにより、異常を早期に発見して対処する「予防保全」が実現し、突発的な機械の故障を防ぐことができます。
製造業経営者にとって、設備の突然の故障による生産停止は避けたい事態であり、MQTTを活用したリアルタイム監視システムは生産性向上とコスト削減の両面で大きな価値をもたらすのです。
製造業におけるMQTTの導入事例3選
ここからは製造業におけるMQTTの導入事例を3つ紹介していきます。
順番に見ていきましょう。
事例1:工場内の機器ネットワーク化による生産性向上
製造現場では、MQTT通信技術を活用して工場内の様々な機械設備をネットワーク化することで、リアルタイムモニタリングと制御を実現している事例が増えています。
実際に、MQTTとIoTを活用した資産管理システムにより、計画外のダウンタイムが大幅に削減され、製造能力と効率が向上した事例も報告されています。
経営者の視点では、既存設備を大幅に変更せずにデジタル化を進められる点が、投資対効果の高さにつながっているのです。
事例2:リアルタイムデータ分析による品質管理の最適化
製造業における品質管理は常に重要な課題ですが、MQTTを活用したリアルタイムデータ分析システムによって、新たな次元の品質管理が実現しています。
ある工場では、製品の仕上がりに関わる温度、振動、圧力、電流などのデータをMQTTプロトコルで収集し、リアルタイムに分析することで品質の安定化に成功しました。従来は熟練作業者の勘と経験に頼っていた品質判断が、客観的なデータに基づいて行えるようになったのです。
品質データの可視化により、不良品の発生原因を素早く特定できるようになり、生産ラインの停止時間が大幅に削減されました。導入企業からは「データを蓄積・分析することで、ノウハウの共有と技術継承にも役立っている」という声も。
製品の品質向上と安定化は顧客満足度に直結するため、経営戦略としても重要な投資対象となっています。
事例3:遠隔監視・保守システムによる24時間稼働体制の実現
MQTTプロトコルの特長を活かした遠隔監視・保守システムにより、人員が少ない夜間や休日でも安定した工場運営を実現している事例が注目されています。
ある製造業では、生産設備にMQTTに対応したIoTセンサーを設置し、機器の状態をスマートフォンでリアルタイムに確認できるシステムを構築しました。従来は異常発生時に担当者が工場まで出向く必要がありましたが、遠隔監視システムの導入により迅速な対応が可能になり、ダウンタイムが大幅に削減されています。
また海外拠点の工場管理においても、クラウドベースの遠隔保守サービスによってリアルタイムでトラブル対応ができるようになりました。MQTTの低帯域でも安定した通信が可能という特性が、グローバルな製造拠点の一元管理を支えています。
このシステムにより、人材派遣費用の削減だけでなく、予防保全の実現によって設備稼働率の向上にもつながっているのです。
製造業にMQTT導入するまでの4ステップ
製造業でMQTTを導入する手順は、大きく分けて以下の4ステップです。
- 現状分析と目標設定
- 小規模パイロットプロジェクトの実施
- 既存システムとの統合と段階的拡張
- 継続的なモニタリングと改善
順番に見ていきましょう。
ステップ1:現状分析と目標設定
製造現場の課題を特定し、MQTTでどの問題を解決するのかを明確にすることから始めましょう。
まずは自社の事業戦略や経営課題を詳細に分析し、生産性向上やコスト削減などの具体的な目標を定量化します。
例えば、
- 設備稼働率を15%向上させる
- 不良率を5%から1%に削減する
といった数値目標を設定すると良いでしょう。
目標達成度を測定するためのKPI(重要業績評価指標)も同時に設定しておくことが大切です。
また投資対効果(ROI)を事前に計算し、経営判断の材料としておくことも忘れないようにしましょう。MQTTはインダストリー4.0やIoT環境に適した通信技術ですが、導入目的が曖昧だと効果が分散してしまいます。
製造業では膨大なデータが発生していますが、単に収集するだけでは意味がないため、どのデータをどう活用するかという視点が重要なのです。
ステップ2:小規模パイロットプロジェクトの実施
スマート製造技術の導入は複雑なプロセスであり、圧倒されがちなため、最初は小規模なパイロットプロジェクトから始めるべきです。
特定の生産ラインや工程を選び、MQTTを活用したIoTシステムを限定的に導入することで、リスクを最小限に抑えられます。例えば、生産ラインの一部に設置したセンサーからMQTTプロトコルでデータを収集し、分析するシステムから始めると良いでしょう。
小規模プロジェクトでは、新技術やプロセスの有効性を検証し、失敗から学び、必要な調整を行うことができるという利点があります。また既存の業務が中断されるリスクも軽減できるため、現場の抵抗感も少なくなるでしょう。
パイロットプロジェクトの成功事例を社内で共有することで、次のステップへの理解と協力も得やすくなります。
ステップ3:既存システムとの統合と段階的拡張
パイロットプロジェクトの成功を受けて、既存の生産システムとMQTTベースのIoTシステムを統合していきます。
製造現場には様々なメーカーの機器が混在していることが多いですが、MQTTは80以上の産業用プロトコルを持つ異種の産業機器を接続できる能力があります。
例えば、振動センサーやカメラなどからのデータをMQTTプロトコルで統合し、中央システムに集約することが可能になります。
統合の際は「計画(Plan)」→「実行(Do)」→「評価(Check)」→「改善(Action)」のPDCAサイクルを継続し、システム運用と生産体制の改善を図りながら段階的に拡張することが大切です。
通信プロトコルとしてMQTTを採用する利点は、帯域幅をあまり使わずに大量のデータを迅速に送信でき、他のプロトコルよりもフットプリントが小さいことにあります。特に製造現場のような大規模で大量のデータ環境では、MQTTのパブリッシュ/サブスクライブモデルにより、より少ない帯域幅でより多くのデータを転送できるという特長が活きてきます。
ステップ4:継続的なモニタリングと改善
MQTTシステムを本格導入した後は、定期的にKPIを測定し、設定した目標の達成度合いを検証するプロセスが重要になります。
収集したデータを分析することで、製造現場の課題や改善点を特定し、生産体制の変革に向けた具体的な戦略を練ることができます。
例えば、
- 設備の異常検知や予知保全
- 品質データの分析
- 生産計画の最適化
などにMQTTで集めたデータを活用できるでしょう。
また検査工程をAI解析によって効率化したり、生産計画に対する現在の生産数を予測したりすることで、計画と実績値のギャップを早期に把握して対応策を講じることもできます。
データ分析のサイクルを効率的に回していくには、豊富な接続性やプログラミングレスで柔軟に変更できる仕組みが求められるため、MQTTのような軽量プロトコルが適しています。
最終的には、製造データを継続的に活用することで、企業の競争力向上につながる新たな気づきが生まれ、製造プロセス全体の最適化が実現するのです。
製造業にMQTTを導入する際の3つの注意点
製造業にMQTTを導入する際の注意点としては、以下の3つがあげられます。
- セキュリティリスクの把握
- 従来の通信方式と異なる実装方法への対応
- ベンダー管理と責任分担の明確化
順番に解説していきます。
注意点1:セキュリティリスクの把握
製造業でMQTTを導入する際、最も重要な課題の一つがセキュリティです。日本国内だけでも1000台以上の無防備なMQTTサーバが発見されており、製造データの漏洩リスクは決して小さくありません。
特に製造現場のセンサーから送られるデータは、製造プロセスの核心部分を含むため、第三者による盗聴や改ざんが行われると深刻な被害につながる可能性があります。製造工程のモニタリング値が改ざんされれば、製造妨害や製造物破壊といった事業被害にまで発展するケースも想定されます。
導入前にはローカル5G環境構築の際と同様に、実証段階(PoC)からセキュリティ対策を講じることが重要です。
注意点2:従来の通信方式と異なる実装方法への対応
MQTTは従来のHTTP通信とは全く異なる「パブリッシュ/サブスクライブモデル」という仕組みを採用しています。
この方式は情報の発行者と受信者が直接接続されない非同期通信であり、従来のWeb開発とは異なるスキルセットや開発手法が必要になります。特にイベント駆動型のプログラミングが求められ、メッセージの受信や接続状態の変化に応じたコールバック関数の実装といった技術的ハードルがあります。
製造現場では機器やセンサーが過酷な環境下で長期間稼働することが前提となるため、ネットワーク遅延や通信途絶に強い耐障害性も同時に求められるでしょう。この技術導入には、従来のIT担当者とは別に、IoTやエッジコンピューティングに精通した技術者の確保や育成が必要となる点も考慮すべきです。
新たな技術習得には一定の時間とコストがかかりますが、製造業のデジタル化を成功させるためには避けて通れない道といえます。
注意点3:ベンダー管理と責任分担の明確化
製造業にMQTTを導入する際の盲点として、MQTTブローカー(中継サーバー)の所有と運用の問題があります。
多くの場合、MQTTブローカーはソフトウェアや機器のベンダーが所有・運用しており、製造業の経営者自身ではないという現実があります。
顧客側がこの点を十分に認識せず、ベンダーに対してセキュリティの確保を求めない、または確認しないケースが少なくありません。その結果、製造現場の貴重なデータが知らない間に外部に流出し、競合他社に製造ノウハウが漏れるといった危険な事態に発展する可能性があります。
さらに懸念すべき点として、セキュリティ不備を報告しても、ベンダー側が十分に対応しきれていないケースが多く見られるという調査結果もあります。
導入前には必ずベンダーとの責任分担を明文化し、セキュリティ対策の実施状況を定期的に確認する体制を構築することが肝要です。
製造業におけるMQTTの今後の展望
製造業の通信技術として、MQTTは2025年以降も進化をつづけています。
特に注目すべきは「MQTT over QUIC」という新技術で、従来より遅延が少なく転送速度が向上しているため、工場内の不安定な無線環境でも安定した通信が可能になりました。さらに「MQTT Serverless」の登場により、数クリックだけでMQTTサービスを迅速に立ち上げられるようになり、初期投資の負担が大きく軽減されています。
製造現場ではMQTTとAIを組み合わせることで、機械から収集したデータをリアルタイムで分析し、故障を事前に予測する予防保全が実現しています。また「Industry 5.0」の台頭に伴い、MQTTは人間と機械の協調を支える通信基盤として、さらに重要性が高まるでしょう。
製造業における人材不足や技術継承の課題に対しても、MQTTによる機械データの収集・分析は、熟練者のノウハウをデジタル化する重要なカギとなっています。
まとめ
MQTTは軽量で効率的な通信プロトコルとして、製造業のデジタル変革を加速させています。
製造業でMQTT活用が進む3つの理由としては、以下のとおりです。
理由 | 内容 |
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省電力・低コスト | 小さいヘッダで通信効率向上、バッテリー駆動機器の長寿命化 |
大規模デバイス管理 | 1対多/多対多通信で多数センサーの統合管理が容易 |
リアルタイム監視 | 不安定環境でも安定した通信で予防保全を実現 |
導入時はセキュリティリスクへの対応、パブリッシュ/サブスクライブモデルへの適応、ベンダー責任の明確化が重要です。
今後はMQTT over QUICによる性能向上やAIとの連携による予知保全の高度化が進み、製造業の競争力強化と技術継承の基盤として一層重要性が高まるでしょう。