サステナビリティに取り組んできた応用地質ならではの「ESGを意識しすぎない経営戦略」

ESGやDXの最前線について、コアコンセプト・テクノロジー(CCT)のアドバイザーで東芝 デジタルイノベーションテクノロジーセンター チーフエバンジェリストの福本勲氏が各企業にインタビューする本シリーズ。今回は、地質・地盤に関わる専門的知見と技術をベースに、防災・インフラ事業や環境・エネルギー事業などを手がけ、社会に必要不可欠な様々なサービスを展開する応用地質株式会社の取り組みをご紹介します。

同社は2024年2月、企業として2030年に向けて目指す姿を描いた「OYOサステナビリティビジョン2030」、そしてその実現に向けたアクションプランとしての「OYO中期経営計画2026」を公表し、持続可能な社会の実現に向けた取り組みを明確化しています。代表取締役社長の天野洋文氏を迎え、中期経営計画の意図やESG経営に対する考え方などについてお話を伺いました。

天野洋文氏(応用地質)、福本勲氏(東芝)
左より天野洋文氏(応用地質)、福本勲氏(東芝)
天野 洋文氏
応用地質株式会社 代表取締役社長
1990年玉野総合コンサルタント(現日本工営都市空間)入社。2003年ケー・シー・エス入社、05年同社社長、17年応用地質取締役兼CIO(最高情報責任者)、23年から現職。岐阜県出身。
専門は都市計画、交通計画・ビッグデータ解析など。
福本 勲氏
株式会社東芝 デジタルイノベーションテクノロジーセンター チーフエバンジェリスト
アルファコンパス代表

1990年3月、早稲田大学大学院修士課程(機械工学)修了。1990年に東芝に入社後、製造業向けSCM、ERP、CRMなどのソリューション事業立ち上げやマーケティングに携わり、現在はインダストリアルIoT、デジタル事業の企画・マーケティング・エバンジェリスト活動などを担うとともに、オウンドメディア「DiGiTAL CONVENTiON」の編集長を務める。
2020年にアルファコンパスを設立し、企業のデジタル化やマーケティング、プロモーション支援などを行っている。
また、企業のデジタル化(DX)の支援と推進を行う株式会社コアコンセプト・テクノロジーのアドバイザーも務めている。主な著書に「デジタル・プラットフォーム解体新書」(共著:近代科学社)、「デジタルファースト・ソサエティ」(共著:日刊工業新聞社)、「製造業DX - EU/ドイツに学ぶ最新デジタル戦略」(近代科学社Digital)がある。主なWebコラム連載に、ビジネス+IT/SeizoTrendの「第4次産業革命のビジネス実務論」がある。その他Webコラムなどの執筆や講演など多数。
*所属及びプロフィールはいずれも2024年2月現在のものです。

目次

  1. 中期経営計画に「ESG」のキーワードをあえて入れなかった理由
  2. 自分たちの仕事がどのような意味を持つのか、社員が再認識し働きがいを創出するために
  3. 大切なのはやるべきことを着実にすすめること、目指す姿や課題解決がESG経営に

中期経営計画に「ESG」のキーワードをあえて入れなかった理由

福本氏(以下、敬称略) 最初に、御社の事業内容について教えてください。

天野氏(以下、敬称略) 応用地質グループは、地質・地盤に関わる専門的知見と技術、いわゆる「地質工学の創造」を旗印に事業を開始して以来、地質調査分野から社会インフラの建設・維持管理、防災・減災、環境、資源・エネルギーの各分野へと領域を拡大し、専門企業グループを形成してきました。地球科学に関わるこれら4つの領域は地球規模での安全・安心に関わる様々な課題に直結しています。

当社グループは、これらの課題解決に不可欠な技術を開発・深化させ、「建設コンサルタント」「地質調査会社」「環境コンサルタント」「計測機器メーカー」「防災コンサルタント」など様々な顔を持ちます。調査やモニタリング、分析、コンサルティングなどのサービスを幅広く提供するほか、調査用の各種探査装置や災害監視用のセンサ、地震計や水位計などを開発・製造しています。近年では、調査技術とデジタル、AIの融合をテーマとした情報サービス事業の展開に注力しています。お客様は、省庁、都道府県、自治体などの官公庁を中心に、道路、鉄道会社、電力会社、不動産会社、保険会社、商社などの企業となっています。

福本 2024年2月、御社は「OYOサステナビリティビジョン2030」と「OYO中期経営計画2026」を公表されました。こちらの位置づけや中身について、お聞かせいただけますか。

天野 「OYOサステナビリティビジョン2030」では、ステークホルダーと一緒に持続可能な社会の実現に貢献していきたいという思いで①100年企業に向けて持続的成長に邁進し、②社会課題の解決に貢献し、③「働きやすさ」と「働きがい」を実現して企業価値を高めていくことを掲げています。

また、前中期経営計画では、売上高は目標を達成しましたが、営業利益率は低迷が続き、事業収益性の向上が課題として残りました。ROEについても伸び悩む結果となり、資産/資本効率性の向上が課題と認識しています。

そのため、「OYO中期経営計画2026」では、「事業収益性の向上」と「資産/資本効率性の向上」の2つの重要課題に対する必要な取り組みを整理しています。事業収益性の向上には、事業環境の変化や複雑化に対応できる組織・セグメントの再編と事業の最適化が必要だと考えています。資産/資産効率性の向上には、総資産の圧縮と効率的なキャッシュフローの創出、配当方針の見直し、自己株式の取得など、ROE向上に資する取り組みを進めていきたいと考えています。
事業収益性の向上に向けた取り組みとしては、国内事業の「防災・インフラ」と「環境・エネルギー」、国際事業の「防災・インフラ、資源・エネルギー」の3つの事業セグメントに集約しました。その中で、国内事業の「環境・エネルギー」は洋上風力発電、資源循環事業やグリーン・トランスフォーメーション(GX)、ブルーエコノミー領域などに事業を拡大し、国際事業は、洋上風力発電市場やアジア・中東市場の開拓、国内技術の海外展開、国内グループ企業との交流人事など、グローバルな視点で事業領域を拡大していきたいと考えています。

応用地質 天野氏
「収益を上げられないと、そもそも事業を継続して企業として存続していくことができなくなってしまいます。社会課題にしっかりと対応するためにも、まずは収益性を改善することが重要だと考えています。」(応用地質 天野氏)

福本 確かに、財務と非財務というのは全く別のものというわけではなく、密接に関係しています。収益性を高めることは、企業が社会の課題解決をする上でも大切な要素の1つです。今回の中期経営計画で、ESGに関してはどのような位置づけになっているのでしょうか。

天野 社会課題の把握を出発点として、リスクと機会の分析を行うとともに、当社グループの事業領域を踏まえて、図に示す「事業活動におけるマテリアリティ」と「経営基盤となる組織活動におけるマテリアリティ」を特定しています。その中で、環境問題の解決や社会基盤の整備、災害に強いまちづくりなどの事業(E)に取り組む方針を明確にするとともに、それを支える人的資本(S)、多岐にわたるステークホルダーとの共創(G)によりサステナブル経営を進めていく方針です。

例えば、マテリアリティ③脱炭素社会、持続可能な循環型社会の形成では、災害廃棄物の分析、処分、リサイクルなどに関するノウハウと技術を活かし、自治体の災害廃棄物処理計画検討に携わっています。また、脱炭素社会を目指す上で必要なエネルギー対策分野では、洋上風力発電事業の海底地盤調査で市場トップシェアを獲得しています。長きにわたって取り組んできた事業を今後も発展させながら持続可能な社会の実現に貢献していきたいと考えています。

サステナビリティに取り組んできた応用地質ならではの「ESGを意識しすぎない経営戦略」

また、マテリアリティ⑥人的資本活性化による価値創造では、人材こそが強さの源泉であると考え、社員のモチベーションを上げ、パフォーマンスを高め、経営力を高めることで、社員全員が活躍し主役になって欲しいと考えています。このような取り組みにより、正のスパイラルをまわし、社会的評価、ブランド力が高まり、社員のエンゲージメントの高まりにつながることで、100年企業に向けた持続的成長を実現していく方針です。

このような考えで「OYOサステナビリティビジョン2030」と「OYO中期経営計画2026」の中に、ESGを位置づけています。

東芝 福本氏
「おっしゃるように、いろいろな概念が注目され、また有価証券報告書の非財務情報開示などの制度も始まり、あの数字を出そう、これを報告しようと、対応が煩雑になっているという声を耳にすることもあります。本来の目的は何かを見極めることが必要ですね。」(東芝 福本氏)

福本 ESGという言葉そのものは入っていませんが、サステナビリティ2030、また中期経営計画の中で、サステナブル経営に関する具体的な目標も掲げていらっしゃるのですね。

天野 インフラの建設・維持管理、防災、環境、エネルギーの各分野の課題解決に関与することが我々の事業活動そのものであるため、事業機会が増えることが重要です。そのため、「事業活動におけるマテリアリティ」のKPIとして業績そのものを目標としています。

また、「経営基盤となる組織活動におけるマテリアリティ」においては、地球環境に与える影響に配慮しながら事業を行う必要があるため、温室効果ガスの排出量の削減や、人的資本経営では、女性管理職の割合、従業員のエンゲージメントスコア、労働災害による死亡事故について、KPIを定めています。特に注力しているのが人的資本に関する対応ですね。人材そのものが強さの源泉であり、技術力や知見が企業価値そのものであるため、人材を重要視するというのは大切なポイントだと考えています。

自分たちの仕事がどのような意味を持つのか、社員が再認識し働きがいを創出するために

福本 サステナブル経営に対する社内への意識付けという点で、何か取り組まれていることはありますか。

天野 2022年より、グループ内のサステナビリティに関する優れた活動を表彰する「サステナビリティアワード」という施策をスタートさせました。この取り組みには、サステナブル経営の推進はもちろん、日常の仕事の価値を再認識し、社員に働きがいを感じてもらおうという狙いもあります。

「サステナビリティアワード」で発表中の様子
「サステナビリティアワード」で発表中の様子

お伝えしたように、当社グループは、サステナビリティにつながる多くの事業に携わっています。しかし、事業の特性上、守秘義務を課されることが多く、具体的な仕事の内容を外部に向けて発信することができません。そのため、自分たちが実施したり検討した仕事が何につながっているのか、社会や地球環境に対してどのような価値を生み出したのか、意識しづらくなっている傾向があります。

この課題を解決するため、サステナビリティに関する活動を社内で発表し、優れたものに対して表彰することで、社員が当社グループの仕事の価値を改めて認識し、誇りに思えるようにすることを考えています。

福本 表彰される優秀な取り組みというのは、どうやって決めているのでしょうか。

天野 アワードはZoom配信によってグループ会社を含めた全社員に公開しているのですが、エントリーの発表が終わった後に、その場で参加者にMicrosoft Formsを使って投票してもらいます。私も社員と同じように1票を投票します。

2022年の初回は上層部だけで審査したのですが、より公平性を持たせるためにこの手法を取り入れたところ、参加者の約8割が投票してくれて大いに盛り上がりました。

福本 こうした仕組みは、社員のモチベーションアップだけでなく、企業として目指す方向性を社員それぞれが咀嚼して自分事化することにもつながりますね。いろいろなプラスの効果があるのではないかと感じます。

天野 多くの社員は、日々研鑽し、蓄積した知見や技術に対するプライドが仕事のやりがいにつながっている一方で、若い社員は、自らの成果が世の中にどのように役立っているのか実感を得たいという感情を強く持っています。

サステナビリティアワードなどの取り組みが、企業が目指す方向性と個人の持続可能性をつなげる仕掛けになると思います。

応用地質 天野氏
「自分のやっていることが社会に貢献しているということが、仕事のモチベーションにつながっているのです。」(応用地質 天野氏)

中期経営計画では社員のエンゲージメントスコアも重要な指標の1つに位置づけ、社員の心身の健康をモニタリングしながら、モチベーションを高め、働きがいのある職場、働きやすい環境を整えていくことを目指しています。

大切なのはやるべきことを着実にすすめること、目指す姿や課題解決がESG経営に

福本 先ほど、事業の特性上、外向けのアピールは難しい部分があるとおっしゃっていましたが、ESG経営に関する情報開示として、対投資家という観点では何かお考えがあるのでしょうか。

天野 企業価値を評価する基準としてESGなどの非財務情報が求められていますので、情報開示は重要だと考えています。しかし、現状は外部のいろいろな第三者機関が作成しているESGスコアを見ると、当社はそれほど高いわけではありません。評価の具体的な中身を見てみると、評価項目や分類が私たちの事業とあまり関係のないところが対象になっているものも多い状況です。そのため、評価内容を意識しすぎると、本来目指すべき会社の方向とずれてしまうのでは、という議論が内部でありました。

福本 確かに、ESGスコアは評価するための基準が明確に定義されていませんし、いろいろな評価機関が外に出ている情報だけで評価しています。スコアがESG経営に関する実体を正確に表しているとはいえない部分もあるかもしれません。

天野 そうした中で、私たちの取り組みを知っていただくために、茨城県つくば市にある当社の研究所に投資家の皆様をご招待しています。百聞は一見に如かずということで、直接重点事業や研究開発の内容を見ていただいているのです。参加した投資家の皆様からは、「こんなことをやっていたなんて知らなかった」「もっと外にアピールすべきだ」というご意見を毎回いただきます。株主エンゲージメントの強化が必要だと強く認識しています。

応用地質 天野氏
「自分たちの取り組みをいかに積極的に開示していくかというのは、今後の重要なポイントかもしれません。」(応用地質 天野氏)

福本 最後に、ESG経営に取り組んでいる読者、企業の皆様に、励みとなるアドバイスやメッセージをお願いいたします。

天野 企業は、事業を通じた社会貢献やお客様への価値提供を目指しており、そのために課題解決の施策が経営計画に組み込まれています。経営者たちは、企業として目指すべき方向や課題を理解しており、それを整理してストーリー化することで、ESGの指標を組み立てることができます。そして、企業にはそれぞれオリジナリティがあるため、自己の価値観や事業を通じた社会課題の解決に取り組んでいる姿を自らの言葉やストーリーで示すことが重要になると思っています。サステナブルな社会の実現を目指し、企業がオリジナリティを前面に出して取り組むことで、お客様、投資家、人を惹きつけて一緒に成長できるのではないかと考えています。

福本 本日は貴重なお話をありがとうございました。

【関連リンク】
応用地質株式会社 https://www.oyo.co.jp/
株式会社東芝 https://www.global.toshiba/jp/top.html
株式会社コアコンセプト・テクノロジー https://www.cct-inc.co.jp/

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