DX CX SX

(本記事は、八子 知礼氏の著書『DX CX SX ―― 挑戦するすべての企業に爆発的な成長をもたらす経営の思考法』=クロスメディア・パブリッシング、2022年3月28日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

目次

  1. データ主導でビジネスと稼ぎ方が変わる
  2. ライフサイクル課金の実現
  3. オムロンの工場データビジネスプラットフォーム
  4. データで課金するモデルを考えてみる

データ主導でビジネスと稼ぎ方が変わる

DXで課金ポイントが増加する

5-1節でIoTによるデータ主導型のスマートファクトリーについて解説しましたが、スマートファクトリーを実現した製造業では、稼ぐ手法にもDXの波が訪れます。それは稼ぐポイント、つまり「課金するポイントが増える」ということです。

詳しく説明していきましょう。

図5-1をご覧ください。従来の典型的な製造業では、まず、製品の「販売」のタイミングに1回目の課金のポイントがあります。次に、修理保証の「サービス」の段階で、2回目の課金ポイントが発生します。課金のポイントは大きく分けて、この2か所のみです。

DX CX SX ―― 挑戦するすべての企業に爆発的な成長をもたらす経営の思考法
(画像=『DX CX SX ―― 挑戦するすべての企業に爆発的な成長をもたらす経営の思考法』より)

しかし、スマートファクトリーを実現した製造業では、これまでの概念では考えられなかった「儲けの仕組み」を生み出すことができ、新しい課金ビジネスが期待できるのです。

そこでは、大別して2つの稼ぎ方が考えられます。1つは、生産設備が生み出すデータを利用したビジネスです。そして、2つめは販売済み製品のライフサイクル全体にわたり、要所要所で課金の機会を設定する方法です。

まずは1つ目に、生産設備が生み出すデータでどのようにしてビジネスを展開すればよいのかを紹介します。

方法1-① 工場の空き稼働を外部に販売する

期間や時間を区切ることで、自社製品を製造していない空いた設備を他社に有料で貸し出します。ソフトウェアで管理され、ロボットが作業する自動化が進んだスマートファクトリーは汎用性が高いため、このような空き稼働時間の販売が可能になります。

一方で、経験と勘で機械を動かしている、職人のような人員が製造に携わっていたのでは、発想の目線を合わせるところからの再教育が必要になるなどの理由から、稼働を外販するビジネスは実現が困難となります。

方法1-② 工場の空き稼働に関するマッチングプラットフォームを立ち上げ、利用料で課金する

これは「方法1-①」の延長にあるビジネスと言えます。たとえば、同一業界の中で複数のスマートファクトリーがそれぞれに空き稼働を販売し始めると、それを利用したいユーザーからすれば空き稼働を探す手間がかかるようになります。そこで、各スマートファクトリーの空き稼働状況をワンストップで確認でき、ユーザーが好みの工場と時間を予約するというマッチングビジネスが求められるようになります。

このプラットフォームではユーザーだけではなく、空き稼働を売りたい工場に対してもサービスを提供するため、双方向への課金が可能です。いうなれば、賭場の〝テラ銭〟のようなイメージです。あるいは、空き稼働の販売実績からロイヤリティを徴収するという考え方もあります。ホテルの空き室を販売するマッチングサイトのようなイメージです。

方法1-③ 生産設備の稼働データを他社に販売する

工場のIoT機器で継続的にデータを取得していると、機械が故障するタイミングや数値の異常から、品質ロスが起きるタイミングなどを予測するシミュレーションが可能になります。

こうした情報を知りたい企業は世の中にたくさん存在します。また、AIがディープラーニングを行なう学習用データセットとして販売することで収益を上げることもできます。あるいは、API(Application Programming Interface)を公開してサブスクリプションのような形で継続的に課金するという方法もあります。機器の納入や保守メンテナンスを行なうITベンダーのような企業からすれば、これは喉から手が出るほど欲しいデータです。

ライフサイクル課金の実現

前節では生産設備が生み出すデータを利用したビジネスの方法をご紹介しました。ここでは2つめの方法として、販売済み製品のライフサイクル全体にわたり、要所要所で課金の機会を設定する方法を紹介します。

方法2-① 出荷する製品のソフトウェアをアップデートすることで課金する

出荷する製品に通信機能とソフトウェアを搭載することで、ソフトウェアのアップデート課金が可能です。たとえば、現在販売中のテスラの電気自動車は、購入後であってもユーザーが自動運転機能を追加したい場合、ソフトウェアのアップデート料金を支払うことで自動運転に対応したソフトウェアをダウンロード購入することが可能です。また、一括購入ではなく、サブスクリプションでのリーズナブルな購入も実現しています。テスラのクルマには、自動運転を実現するためのハードウェアがあらかじめ実装された状態で販売されているということです。

方法2-② 機器の稼働保証、サービスの保証に課金する

機器から継続的にデータを取得していると、故障するタイミングや品質ロスが起こるタイミングが予測可能になると前述しました。つまり、販売した製品の機器やサービスの運用に瑕疵が生じるタイミングが予測できるわけですから、「追加料金を支払ってくれれば、1年で99パーセントの稼働率を保証します」といったビジネスが可能になります。

データセンターやクラウドコンピューティングの世界には、SLA(Service Level Agreement)と呼ばれる品質保証の仕組みがありますが、これと同じ考え方を流用したものです。

方法2-③ 機器の利用量・稼働量に課金する

通信機能とソフトウェアを実装した状態で製品を販売しているわけですから、利用量・稼働量を容易に取得することができます。そこで、製品価格を戦略的に低く抑えた価格で販売し、長期にわたって利用量・稼働量に応じた継続的、安定的な収益を得るというビジネスが可能になります。

いうなればスターターキットと継続使用料の2軸で課金するビジネスです。

以上、「生産設備が生み出すデータを利用したビジネス」、「販売済み製品のライフサイクルに対してサービスを展開するビジネス」の大きく2つに分けたビジネスとその方法についてお伝えしました。スマートファクトリーを実現することで、製造業においてはデータを活用した新しいビジネスを生み出せることがご理解いただけたと思います。

ただ、これらのサービスをすべて自社で創出することは、リソースの関係から難しい場合もあるでしょう。その場合、パートナー企業や他業界の企業と連携することで、このような一連のエコシステムを構築する手法を模索するというやり方も考えられます。

たとえば、建設機器製造のコマツはデジタルツインの考え方を発展させ、三井住友銀行などと共同で「ランドデータバンク」という中小建設事業者向けの金融プラットフォーム事業を興しました。中小の優良な建設企業を資金面で応援し、業界全体を活性化させようという意図の取り組みです。

コマツは従来より、建設現場のIoT機器から取得したデータを活用する「LANDLOG」というプラットフォームを運用していました(詳しくは後述)。このLANDLOGの仕組みを生かして、収集した大量のデータや過去の取引データをAIで分析し、金融リスクを定量化する仕組みを構築したのです。

本業は建機メーカーであるコマツですが、IoT機器から取得したデータという武器を最大限生かすべく、金融の専門事業者である三井住友銀行と協業することで、この新しいビジネスに乗り出しました。

オムロンの工場データビジネスプラットフォーム

ここまでにお伝えしてきた考え方で、IoT機器で収集したデータを販売したり、分析やシミュレーションを実施するためのプラットフォームを提供するビジネスはすでに始まっています。つまり、「デジタルツインを実現するための仕組みそのものを提供するビジネス」が開始されているわけです。

「独自の技術」をデータ化する

京都市に本社を置く大手電気機器メーカーのオムロンは、「i-BELT」(アイベルト)と呼ばれるデータビジネスのプラットフォームを運営しています。i-BELTは、生産設備からIoT機器を通じて、1年間365日、数十項目にもおよぶデータを取得するシステムです。

スマートファクトリーの項目で触れたように、様々なデータを分析することで機器の動作状況を精緻に分析し、異常が発生するかもしれない予兆をいち早く捉え、それを常時遠隔監視することができるサービスを提供しています。すなわち、生産設備の数十項目のデータを常時収集し、オムロンが保有する独自の分析技術を用いて解析することで、「どのタイミングで壊れるのか?」あるいは数値に狂いが出始めたのち、「どのタイミングで品質ロスが起きるのか?」といったことが予測できるわけです。同時に、故障やパーツを交換するタイミングも予測できます。

このような情報は、オムロンが自社工場の改善に活用できるという重要性を持つとともに、オムロンが提供したFA機器(ファクトリーオートメーション。工場における生産工程の自動化を図るための機器)のAIコントローラーをはじめとする設備を納品した企業からも欲しがられます。さらには設備機器メーカーからしても喉から手が出るほど欲しいはずです。

本来であれば、出荷する製品にセンサーなどのIoT機器を装着した状態で販売し、通信を経由して自らデータを収集し、分析することができたはずです。そのうえで動作保証やパーツ交換のタイミングを告知するといったサポート体制を、機器メーカー側で構築すべきでした。

しかしi-BELT開発当時にはそのようなセンサー付きのIoT対応生産設備が数多くリリースされているわけではありませんでした。また、すでに過去から稼働している古い設備に至っては後付けで対応するしかないがゆえに、デジタルツインを実現するためにはオムロンが自らセンサー類を設置し、保守やメンテナンスの予測を実施する体制を整えざるを得なかった、というわけです。

そこで、「機器メーカー側でそのような仕組みを構築できないのであれば、オムロンが取得した機器のデータを活用して共同で故障予知などに取り組んではどうだろう」という説得シナリオでオムロン以外の顧客企業も巻きこんで、ハードウェアだけでなくソフトウェアやノウハウ、データも提供することで、コラボレーションする環境を構築することに成功したモデルとなります。

「分析とシミュレーションの仕組み」そのものをプラットフォーム化する

このオムロンはデータビジネスのあり方を次の段階に進めました。次の段階とは、「データの統計処理などの分析を行なう仕組みそのものを提供するプラットフォームの構築」という意味で、ここに着手したのです。

IoTやDXがブームになったことで、データ取得の仕組みを導入する生産現場は増加しています。しかしデータを取得しても、そのデータを分析するためのプラットフォームがなければ適切な分析やシミュレーションは行なえません。

そこでオムロンは、自社の分析基盤を他社に有料で開放することで、「データ分析プラットフォームの提供」という新しいビジネスを立ちあげました。

また、オムロンにはIoT機器の取り付け作業など、実体験で培ったノウハウが貯まっています。この利を活用して、オムロンのエンジニアが顧客の工場に出向き、各種の提案や分析基盤導入をサポートするビジネスにも発展しています。

これを料理に例えると、当初は、単に料理の材料を販売していたに過ぎない部分を、台所を提供し、料理教室を開き、レシピの販売や料理人の派遣といったところまでビジネスを拡大したわけです。

このオムロンのi-BELTは、データを起点に自社で蓄積したノウハウを価値の源泉とすることで、デジタルツインの基盤を他社に提供する、そんな形のビジネスと言えます。

データで課金するモデルを考えてみる

貯まった各種データを販売する

まずは前述のキャッシュポイントの所で言及したように、貯まったデータを販売するケースを考えてみましょう。

現在では2017年に立ち上がった一般社団法人データ流通推進協議会(現在は一般社団法人データ社会推進協議会)などがデータ流通についての様々な指針や考え方を整備したことでデータの売買や活用に際しても考え方が整備されてきました。しかし、かつてはデータ販売に関する公定価格のようなものがありませんでした。

筆者が関与した事例を引用すると、たとえば1日=1万円という値付けをしたと仮定します。操業時間である8時間で割ると、時間あたり1250円になります。その金額はアルバイトの時給程度の価値で、こうして分解して考えると高額であるという感覚には至りません。一日1万円というと、土日もデータを収集し続けることを考慮してひと月で30万円、年間で360万円と、結構な値段になります。

しかし、仮に納入された機器の故障が原因で生産設備が止まったとしましょう。数時間程度の停止でも、その機会損失額は簡単に360万円を超えるのではないでしょうか。また一方の機器メーカー側にとってみれば、販売契約時にこうした場合の損失を補償する条項はありませんが、機器のメーカー側は製品への信用毀損やその後のビジネスへの影響を懸念する事象として受け止めるはずです。

しかし前述のように、故障やパーツ交換のタイミングをシミュレーション可能とするデータがあれば、サポートを充実させることで故障などの懸念を最小限に押さえ込むことが可能です。こうした考え方のもと、最終的に機器メーカーは納得してデータを購入する、というわけです。

DX CX SX ―― 挑戦するすべての企業に爆発的な成長をもたらす経営の思考法
八子 知礼
1997年松下電工(現パナソニック)入社、宅内組み込み型の情報配線事業の商品企画開発に従事。その後、介護系新規ビジネス(現パナソニックエイジフリー)に社内移籍、製造業の上流から下流までを一通り経験。
その後、後にベリングポイントとなるアーサーアンダーセンにシニアコンサルタントとして入社。2007年デロイトトーマツ コンサルティングに入社後、2010年に執行役員パートナーに就任、2014年シスコシステムズに移籍、ビジネスコンサルティング部門のシニアパートナーとして同部門の立ち上げに貢献。一貫して通信/メディア/ハイテク業界中心のビジネスコンサルタントとして新規事業戦略立案、バリューチェーン再編等を多数経験。2016年4月よりウフルIoTイノベーションセンター所長として様々なエコシステム形成に貢献。
2019年4月にINDUSTRIAL-Xを起業、代表取締役に就任。2020年10月より広島大学AI・データイノベーション教育研究センターの特任教授就任。
著書に『図解クラウド早わかり』、『モバイルクラウド』(以上、中経出版)、『IoTの基本・仕組み・重要事項が全部わかる教科書』(監修・共著、SBクリエイティブ)、『現場の活用事例でわかる IoTシステム開発テクニック』(監修・共著、日経BP社)がある。

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