イノベーションのジレンマとは?事例や対策案を解説
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顧客の声に注意深く耳を傾け、競争意識を高く持っている業界トップ企業でも、技術力の低い新興企業にシェア率を大きく奪われることがあります。なぜ、一見正しい努力をしているのにも拘わらず、トップ企業は競争に負けてしまうのでしょうか。

目次

  1. イノベーションのジレンマとは?
  2. イノベーションの種類
  3. イノベーションのジレンマの事例
  4. 大企業がイノベーションのジレンマを回避した事例
  5. イノベーションのジレンマの対策案
  6. まとめ|現状の価値基準を疑うことでイノベーションのジレンマを避けられる

イノベーションのジレンマとは?

イノベーションのジレンマとは、業界をリードする優良企業が、一見正しいと思われる努力をしたのにもかかわらず、他社の革新的な技術によってトップの地位から陥落してしまうことを表しています。ハーバード大学のクレイトン・クリステンセン教授が、自著内で提唱した経営論理の一つです。

この言葉には、「今ある顧客の声よりも、新たな顧客のニーズに対応する」や「現在持っている業界トップの技術を放棄して製品開発する」というジレンマがあるため、イノベーションのジレンマと呼ばれています。

イノベーションのジレンマが恐れられている理由は、競争意識を高く持ち、顧客の声に注意深く耳を傾け、技術開発を積極的に行っている優良企業も陥ってしまうという点です。

イノベーションのジレンマは様々な業界で起こっており、多くのトップ企業が技術力の低い新興企業にその地位を奪われています。例えば、以下のような業界でイノベーションのジレンマが起こっています。

・写真フィルム→デジタル写真
・固定電話→携帯電話
・据え置きゲーム→スマホゲーム
・教科書→オンライン教材

私たちが身近に利用している製品やサービスの中にも、イノベーションのジレンマに関連して開発された製品があることが分かります。このように、イノベーションのジレンマは多くの業界で引き起こされ、既に多くの既存製品が淘汰されています。

イノベーションの種類

企業は顧客により良い製品やサービスを届けるため、研究や開発によってイノベーションを起こしていますが、イノベーションにはいくつかの種類があります。ここでは、それぞれのイノベーションの特徴を解説します。

持続的イノベーション|ハイエンド製品の開発に注力する

持続的イノベーションとは、既存製品の性能を上げるために行われる技術革新です。自動車業界を例に挙げると、エンジンを開発している会社が、エンジン性能を上げるために技術開発をする行為に当たります。

ターゲットは高い技術レベルを要求する顧客であり、既存の技術よりも高いレベルの製品やサービスを求めています。その声に応えて開発を進めると、持続的イノベーションを起こすこととなります。

一見、自然で最良の方法に捉えられますが、持続的イノベーションはイノベーションのジレンマに陥ってしまう企業が行いがちな技術革新です。しかし、持続的イノベーション自体が悪いわけではありません。多くの場合は、一部の顧客の声に囚われすぎて、結果的にイノベーションのジレンマを起こしてしまうことが多いです。

このように、大部分の顧客のユーザーニーズを満たしているのにも拘わらず、ごく少数のハイエンドを求めるユーザーの声を過大評価して取り入れてしまうと、需要がほとんどない製品やサービスができてしまいます。

破壊的イノベーション|新しい価値基準を見出す

破壊的イノベーションは、既存の市場にはない価値基準を見出すことで起こる技術革新です。破壊的イノベーションは、既存企業のシェアを大きく奪い、業界の構造を変えるほどの影響力を持ちます。

ただし、破壊的イノベーションは新たな市場価値を見出して製品やサービスを作るため、それらの性能が高いとは限りません。それにも拘わらず、破壊的イノベーションが起こると、これまで既存企業が磨いてきた技術が全く意味のないものになることがあるため、既存企業は大きなダメージを受けます。

破壊的イノベーションは、市場の破壊方法により「ローエンド型破壊」と「新市場型破壊」の2つに分けられます。ここからは、それぞれがどのように市場を破壊するのかを解説します。

ローエンド型破壊|シンプルで安価な製品で価格破壊をもたらす

ローエンド型破壊

ローエンド型破壊は、低価格によって市場を破壊するイノベーションです。「どこまでの技術を顧客が求めているのか」を正確に掴むことでローエンド破壊は起こります。もし、既存企業のような技術力がなくても顧客のニーズに応えられる場合、あえて性能を落としてその分の価格も落とすことで、実用性と価格を両立した製品やサービスが完成します。

そのため、ローエンド型破壊によってできた製品やサービスは、簡単かつ安価です。しかし、多くの顧客のニーズには応えられるだけの性能は持っているため、多くの顧客はローエンド型破壊によって生み出された製品やサービスを購入するようになります。

ただし、あくまで価格的なイノベーションのため、新たなニーズを持った市場は作りません。よって、既存企業と同じ市場で競争することになります。

新市場型破壊|新たな市場を形成して顧客を獲得する

新市場型破壊は、新たなニーズを捉えた市場を形成するイノベーションです。これまで発掘されていなかった需要を見出して市場を形成します。製品やサービスは必ずしも安価とは限りませんが、入手可能な範囲に安価であり、わかりやすく簡単な場合が多いです。

新市場型破壊では新たな市場が形成されるため、関連する業界のトップ企業でさえ、その市場における既存顧客はほぼいません。また、新市場型破壊を起こした企業がその市場の先駆者となります。よって、新市場型破壊を起こされた時点で、他社は後れを取っている状態となります。

これらの理由から、新市場型破壊でできた市場には既存企業が参入しづらい傾向にあり、その間に先駆者である企業が技術力を上げてトップ企業となることが多いようです。

イノベーションのジレンマの事例

ここからは、実際に起こったイノベーションのジレンマの事例を4つご紹介します。

・ハードディスク|低速・低容量化で低価格・小型化を実現
・大学|オンライン教育で時間・場所の制約を解決
・スマートフォン|単純化でコストを削減し「ハイエンドで低価格」を実現
・ゲーム|手軽に遊べるスマホゲームが急速に普及

ハードディスク|低速・低容量化で低価格・小型化を実現

ハードディスク業界では、低速化に加え低容量化することで価格を下げ、新興企業が既存トップ企業からシェア率を奪うという事例がありました。大きなハードディスクは、小型コンピューターが普及してからあまり用いられなくなったため、結果的に既存トップ企業は競争に敗れてしまいました。

低速・低容量のハードディスクが出る前は、既存のトップ企業が「高速かつ大容量のハードディスクが欲しい」という顧客の声に応えるため、ハードディスクの性能を高める持続的イノベーションを続けていました。

しかし、小型コンピューターが普及することを見越した新興企業は、あえて小型コンピューターが動く程度まで性能を下げることで、低容量かつ低価格を実現しました。結果的に、小型コンピューターには既存トップ企業が持つ技術までは必要なかったため、新興企業の安くて小さなハードディスクが使われるようになりました。

このように、あえて性能を落とすことで、新たなニーズに応えることができた例が実際にあります。この例では、今後どのような製品が流行るかを予知し、それに必要な性能や価格に自社製品を最適化していれば、イノベーションのジレンマを回避できたかもしれません。

大学|オンライン教育で時間・場所の制約を解決

アメリカのフェニックス大学は、教育界において破壊的イノベーションを起こした大学です。同大学では、インターネットが普及する前からオンライン教育を開始し、時間や場所に制約のある社会人の顧客獲得に成功しました。

開設当時である1970年代は、ネット環境が乏しかったため、テキストベースで教育を行っていました。そのため、一般的な大学からは品質の悪い教育機関との見方も根強かったようです。しかし、蓄積データの活用や教育体制の改善などにより、現在は品質の高い教育機関としても認識され始めています。

オンラインでの教育体制が整っている現代では、学校や塾でさえeラーニングが一般的になってきました。同大学は、そのような流れを早期に察知してノウハウを積み上げてきたことで、場所や時間に囚われずに高い教育を受けられる教育機関として、教育業界の破壊的イノベーションを起こしました。

スマートフォン|単純化でコストを削減し「ハイエンドで低価格」を実現

中国のスマートフォン製造会社であるシャオミ(Xiaomi)は、機種を絞り、部品や広告費などの無駄なコストを最大限抑えることで、安くて高性能のスマートフォンを実現しました。同社のスマートフォンは、iPhoneと同じ性能を持ちながらも価格は3分の1程度と、非常に低価格で製品を提供しています。

シャオミ(Xiaomi)のスマートフォンは、破壊的イノベーションの中でも「ローエンド型破壊」を引き起こしました。一見、「ハイエンドで低価格」と矛盾しているように感じるかと思います。

しかし、同社のスマートフォンは、「機種の豊富さ」や「材質のクオリティ」といった顧客がそこまで気にしていない性能を捨て、処理速度などの重要視される性能を顧客が満足するレベルまで引き上げています。

このように、ただ単にどこかの性能を落とすだけがローエンド型破壊ではありません。顧客が必要としている性能は確保しつつ、必要でない性能は大きく落とすことで、よりニーズに応えたローエンド型破壊を起こすことができます。

ゲーム|手軽に遊べるスマホゲームが急速に普及

2010年頃までは、ゲームと言えば据え置き型のゲームが主流でしたが、誰もが持っているスマートフォンに対応したゲームを開発することで、新たな市場を作り出した例があります。

既存のゲーム業界のトップ企業は、2010年以降もグラフィックや機能性に優れた据え置き型ゲームを開発するために、持続的イノベーションを起こしてきました。しかし、手軽に遊べるスマホゲームが新たな市場を作り出し、今では据え置き型ゲームの2~3倍規模の市場を形成しています。

このようにゲーム業界では、簡単に誰でもゲームをできる環境を作ることで、これまでゲームをすると思ってもいなかった人々をゲーム業界に巻き込む「新市場型破壊」が起こりました。

加えてスマホゲームは、技術の成熟に伴い、既存のゲーム市場の顧客も巻き込むことに成功しています。このように新市場型破壊は、新たな市場を作りつつ、技術力の向上によって既存業界の顧客までもが満足するような製品やサービスになる可能性もあります。

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大企業がイノベーションのジレンマを回避した事例

多くの業界でイノベーションのジレンマが起こり、大企業が新興企業との競争に敗れていますが、中には大企業がイノベーションのジレンマを回避した例があります。

テレビ|既存の性能を放棄してユーザーニーズの「コンパクト」を実現

1990年代に、平面ブラウン管技術によりテレビ市場のトップを維持していたソニーは、2000年以降の顧客のニーズに適切に応えることにより、イノベーションのジレンマを回避した事例があります。

ソニーは1996年に、トリニトロン技術という独自技術によって画面が平らなブラウン管テレビを開発し、テレビ業界のトップを走っていました。しかしソニーはこの時点で、次世代のテレビデバイスは、ブラウン管ではなく液晶などの薄型テレビになると予測していました。

ただし薄型テレビは、当時の技術力で安価に製造することが難しく、非常に高価な商品でした。当時テレビの値段は下落傾向にあったため、従来通り開発を進めていては、高額でオーバースペックの商品が生まれてしまいます。

そこでソニーは、画質や画面サイズなどの必須性能は維持しつつ、機能面を徹底的に単純化することで、比較的安価な薄型テレビを開発しました。顧客のニーズ満たせると判断した性能においては、ブラウン管テレビよりも品質の劣る箇所もあったようです。

しかし、顧客が重要視していたのは、機能面ではなく「薄くて安い画質の良いテレビ」であったため、機能面が乏しくても問題ありませんでした。

結果的にソニーは、顧客の求めている性能を正確に把握することで、過剰な技術の搭載を防ぎ、その分安く製品を提供しました。このように、一部の顧客の声に囚われず、ニーズを正確に認識することで、イノベーションのジレンマを回避することができます。

イノベーションのジレンマの対策案

・既存顧客の声にとらわれすぎない
・意思決定に時間をかけすぎない
・目先の利益にとらわれすぎない
・過去の成果を無理に活かそうとしない

ここでは、イノベーションのジレンマは回避するためにはどのような考え方が必要なのかを解説します。

既存顧客の声にとらわれすぎない

既存顧客の声に囚われすぎてしまうと、新たな市場を形成する「新市場型破壊」に対応できません。そのため、関連市場や世の中のトレンドなどを注意深く見ながら、これからできるニーズを捉える必要があります。

また、ハイエンドを求める顧客の声に囚われてしまうと「ローエンド型破壊」にも対応できなくなってしまいます。顧客の声を聞くことは重要ですが、一部の意見ばかりに対応してしまわないよう注意する必要があります。

意思決定に時間をかけすぎない

意思決定に時間をかけすぎていては、日々発生するイノベーションへの対応が遅れてしまい、他社に後れを取ってしまいます。特に、意思決定に時間がかかる傾向にある大企業は注意が必要です。

また、一度でうまくいくとは限らないため、自らがイノベーションを起こしていくためには細かな試行を何度も繰り返す必要があります。そのためには、意見を通りやすい環境にしたり、発案から試行までの期間を短くするなど、構造自体を見直すとイノベーションが起こりやすい雰囲気になるでしょう。

目先の利益にとらわれすぎない

新たなイノベーションを起こすには、新市場の開拓や技術開発の時間が必要になります。これらは、初めから成果が出るとは限りません。そのため、目先の利益に囚われずに、長期的に利益がでるかを考えていく必要があります。

特に、成果主義を抱えている企業は目先の利益に囚われすぎないよう注意です。イノベーションを起こす際には、すぐに結果が出ないことを承知したうえで取り組み、結果を焦りすぎないようにしてみてください。

過去の成果を無理に活かそうとしない

ローエンド型破壊は性能を落とすことが多く、新市場型破壊はそもそも既存の技術を利用しないこともあります。そのため、イノベーションにおいて無理に過去の成果を活かそうとすると、破壊的イノベーションが起こしにくくなります。

また、過去に積み上げてきた技術がオーバースペックになっている場合は、ローエンド型破壊が起こりやすい状況です。そのため、顧客目線に立って「どこまでの性能が必要なのか」を考えて製品作りを進めていく必要があります。

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まとめ|現状の価値基準を疑うことでイノベーションのジレンマを避けられる

一見真っ当な努力をしていても、顧客が求めていない努力をしてしまうと、かえって技術革新がマイナスに働くこともあります。それを避けるためには、既存顧客だけでなく、未開拓市場にいる顧客の需要を正確に認識する必要があります。

そのため、イノベーションのジレンマを避けるためには、常に顧客が何を求めているのかを考え、その方向性に合わせて技術革新していく必要がありそうです。これを機に、自社の業界でイノベーションのジレンマを避けるためには、どのような技術革新が必要で、どの技術がオーバースペックに陥りやすいかを考えてみてはいかがでしょうか。

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