トレーサビリティとは?仕組みや活用方法を簡単に解説
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2001年に起きたBSE問題や産地偽装問題により、日本では牛と米のトレーサビリティが義務化されました。しかし現在、製造や医薬、建築などの業界でもトレーサビリティが活用されていることはご存じでしょうか。

目次

  1. トレーサビリティとは「原材料から廃棄までを追跡できる能力」のこと
  2. トレーサビリティを活用できる業界
  3. トレーサビリティは各業界でどのように活用されている?
  4. トレーサビリティを導入するメリット
  5. トレーサビリティの種類
  6. トレーサビリティの課題
  7. トレーサビリティに関するQ&A
  8. まとめ|トレーサビリティは顧客の信頼度や生産性を上げられる

トレーサビリティとは「原材料から廃棄までを追跡できる能力」のこと

トレーサビリティは、製品が「どんな材料を使って」「いつ」「誰によって」「どこで」作られたのかを追跡できる状態にすることです。トレーサビリティを行うと、原材料や製造場所などの情報を追跡できる識別番号がそれぞれの製品に割り振られるため、同じ型番の製品内でも1つ1つの製品を判別することができます。

トレーサビリティのイメージ

トレーサビリティをすることで、スムーズなリコールやクレーム対応、事故の原因究明ができるようになります。原材料から廃棄の段階まで追跡できるため、廃棄の段階で不備が見つかったとしても、製造者や原材料まで遡って原因究明することが可能です。

トレーサビリティを活用できる業界

トレーサビリティは、主に食品業界や製造業界で活用されています。必ずしも全業界で必要なものではありませんが、食品や自動車などの安全に関わる商品を製造している業界ではトレーサビリティが推奨されています。

特に、安全性が重視される食品業界は、トレーサビリティの徹底が求められる業界の一つです。日本では、牛肉と米のトレーサビリティが義務化されています。さらに、食品衛生法により、他の全ての食品に対して、仕入や出荷元、販売所などの記録作成と保存が努力義務として課されています。

牛トレサ法|対象:牛、牛肉
牛一頭ごとを個体識別番号で管理。牛肉販売の際に個体識別番号の表示・記録を義務付け
米トレサ法|対象:米、米加工品
入出荷記録の作成・保存、産地情報の伝達を義務付け

(引用:農林水産省「トレーサビリティについて」)

日本以外でも、食品のトレーサビリティが義務化されている国は多いです。EUやアメリカでは、全ての食品において入荷元と出荷元を確認できるようにすることが義務付けられています。さらに、アメリカでは、食肉や家禽肉、卵製品の取引記録を保存し、農務省(USDA)に提供しなくてはなりません。

このように、厳しく管理されているのは食品業界のみですが、近年は他業界でもトレーサビリティが活用され始めてきました。工程が複雑で不良の原因究明が困難な業界や、安全性が重視される業界ではトレーサビリティが大きな効果を発揮します。次章では、トレーサビリティが現場でどのように使われているのかを紹介します。

トレーサビリティは各業界でどのように活用されている?

ここでは、食品・製造・建築・医療業界でのトレーサビリティ活用事例を紹介します。

【食品】商品1つ毎の迅速な情報照会が可能

食品業界大手であるSUNTORYの「サントリー天然水 北アルプス信濃の森工場」では、工場全体でトレーサビリティに必要な情報を統合管理することで、ペットボトル飲料1つ毎の情報照会を可能にしました。

これにより、クレームに対して該当製品の情報を確認しながら対応や、生産設備のエラー時に、どの製品がどのような影響を受けたのかを詳細に確認することが可能になりました。他にも、蓄積データの活用で恒常的な品質改善が図れたり、デジタルトレースシステムを導入することにより報告書作成の手間が省けたりと、多くのメリットが受けられたようです。

【製造】欠陥部品の特定時間が20分の1以下に減少

パーソルグループのパーソルプロセス&テクノロジーは、半導体基板のトレーサビリティを行うことで、欠陥部品の特定時間を20分の1以下に短縮しました。トレーサビリティの実施には労力がかかりますが、工夫次第では効率的に業務を進めることが可能です。

同社はトレーサビリティに関する情報だけを読み込んで記録するAIを開発し、人が該当情報を探して記録する手間を省くことに成功しました。AIは一度に35件の情報を読み込んで記録できるため、人が同じ作業を行うよりも作業時間を大幅に短縮できます。

さらに、トレース情報はデータで管理できるため、紙や部品の包装を保管するスペースを削減できます。デジタル上ですぐにデータを取得できるため、不具合があった際に倉庫から問題のあるリールを探し出す手間も省けるようになったようです。

【建築】施工情報の信ぴょう性を向上

建築業界大手である大林組は、施工情報の信ぴょう性を上げるため、ブロックチェーン技術を活用したトレーサビリティを行っています。トレース情報をブロックチェーン上に記録することで、内部及び外部からの情報改ざんを防ぐ効果もあります。

ブロックチェーン技術とは、一度記録されたデータを消すことができないことに加え、データをインターネット上の多数のデバイスで管理する仕組みがとられた、改ざんが極めて困難なデータ記録技術のことです。

建造物は、内部構造や使われている建材によって、強度や耐震性などの性能が変わります。これらの情報や施工後の検査値を、ブロックチェーン技術を用いて記録することで、透明度の高い情報を顧客に提供できるようになります。

また、建築業界では、1つの現場にいくつかの下請け業者が入ることが多いです。その際、全ての業者がトレーサビリティを行えば、どの業者が何を利用してどのような施工をしたのかをデータ上に残せるため、問題が見つかった際にも速やかに原因を突き止めることができます。

建築業界はトレーサビリティが盛んではない業界ですが、普及が進めば現場への信頼度をより上げることができるでしょう。

【医療】地域の医療機関の在庫を可視化

医療トレーサビリティ推進協議会は、災害時に医療製品がどこにどれだけあるかを可視化するため、メーカー倉庫から患者まで医薬製品をトレースする実証実験を行いました。医薬製品のトレーサビリティが実現すれば、品質が担保された医療物資を、災害時に最短ルートで患者に届けることができるようになります。

災害時には、物流の遮断や医療機器の破壊により、従来通りに医薬品を患者に届けられなくなるリスクが高まります。しかし、平時からトレーサビリティを活用し、どの施設にどの医療製品があるかを記録しておけば、薬や処置が必要な患者に最短ルートで必要物資を届けられます。

また、医療製品のトレーサビリティが一般化すれば、エリアごとに不足している医療製品を可視化できるようになるため、エリアの需要に応じた物資支援ができるようになります。このようにトレーサビリティは、製品のトレース機能だけでなく、在庫管理にも役立てることが可能です。

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トレーサビリティを導入するメリット

ここでは、トレーサビリティを導入することで得られるメリットを4つ解説します。

<トレーサビリティを導入するメリット>
・高度なリスク管理ができる
・クレームや問い合わせに迅速に対応できる
・顧客に安心感をもたらす
・収集データを品質向上に役立てられる

高度なリスク管理ができる

トレーサビリティを導入すると、製品がいつどこで作られたかを詳細に確認できるため、問題が発覚した際に速やかに原因を特定できます。不良の原因が明らかになれば、他に問題のある製品も回収できるため、顧客に不良品が渡るリスクを最小限に抑えられます。

特に、食品や家電製品などの人体に影響を与える製品に問題が見つかった場合、一刻も早い回収が必要です。トレーサビリティを導入していれば、製品回収をより迅速に進めることができるため、万が一の際にも被害を最小限に抑えることができるでしょう。

クレームや問い合わせに迅速に対応できる

全ての製品に対してトレーサビリティが行われていれば、クレームや製品に関する問い合わせが来ても、その製品がいつどこでどのように作られたかを素早く確認できます。原因究明にかかる時間が短くなるため、顧客を長時間待たせることなく対応できるでしょう。

また、トレーサビリティを行えば、製品に関する詳細な情報を記録しておけるため、問い合わせに対して正確な情報を提供できるようになります。クレームや問い合わせに対し、迅速かつ正確に対応できるようになるため、これまでよりも質の高い顧客対応ができるようになるでしょう。

顧客に安心感をもたらす

トレーサビリティが行われている製品は、製造過程や原材料などが記録されているため、そうでない製品に比べて顧客に提示できる情報が多くなります。このように、トレーサビリティは透明性の高い製品を顧客することに繋がるため、顧客に安心感をもたらすことができるでしょう。

またトレーサビリティを行っていれば、不良があった際の原因究明を迅速に行うことができ、他の製品に影響がないかをより正確に把握できます。問題時にも顧客に対して迅速な対応ができるため、顧客からより安心感を得ることができるでしょう。

収集データを品質向上に役立てられる

トレーサビリティで収集したデータは、品質向上に役立てることができます。これまで見られなかった情報を確認することで、品質改善に役立てられる問題を見つけることができるかもしれません。

また、トレーサビリティを行うことで、最終的に製品がどこに行ったかを確認することができます。どのような場所で買われているかなどの情報を得られるため、マーケティングにも活かせるでしょう。

トレーサビリティの種類

トレーサビリティには「チェーントレーサビリティ」と「内部トレーサビリティ」の2種類あります。ここでは、それぞれのトレーサビリティが、どのような目的で行われているのかを解説します。

チェーントレーサビリティ|原材料から廃棄までを追跡

チェーントレーサビリティは、サプライチェーンの流れをトレースする目的で行われます。チェーントレーサビリティが行われていれば、原材料の生産や加工、卸売から小売までが、いつどこで誰によって行われたのかがわかります。

<サプライチェーンとは>
原材料の段階から、製造した商品が消費者に届くまでの一連の流れを「サプライ(供給)チェーン(連鎖)」と呼びます。原材料や部品の調達から、製造、在庫管理、販売、配送に至るまでの各工程が別個に存在するのではなく、鎖のようにつながっているという意味で用いられます。

(引用:厚生労働省「サプライチェーン全体で企業の社会的責任に取り組む」)

チェーントレーサビリティのイメージ

しかし、サプライチェーン上の全ての業者が協力しなければ、チェーントレーサビリティは成立しません。業界間の協力が必要になるため難易度は高いですが、成立すればより透明度の高い製品を顧客に提供できるようになります。

内部トレーサビリティ|工場や企業単位の内部を追跡

内部トレーサビリティは、サプライチェーン上の各工程で行われるトレーサビリティです。チェーントレーサビリティと違い、事業所単位で行えるトレーサビリティのため、システム導入後すぐにトレースを始められます。

内部トレーサビリティでは、チェーントレーサビリティでは必要とされない「工程Aから工程Bに移った時間」などの詳細な情報まで収集可能です。また、事業所単位で比較的自由な項目をトレースできるため、品質改善に役立てやすいというメリットがあります。

さらに、内部トレーサビリティはチェーントレーサビリティよりも多くの情報を集める傾向にあるため、問題時の原因究明も迅速かつ正確に行えます。このように、内部トレーサビリティを導入すると、質の高い品質改善や原因究明ができるようになります。

トレーサビリティの課題

トレーサビリティには、安全性や品質管理の質を高めてくれるという良い点もありますが、課題もいくつかあります。ここでは、トレーサビリティの課題を3つ解説します。

<トレーサビリティの課題>
・導入コストがかかる
・業界全体がトレーサビリティを導入しなければならない
・生産効率が落ちる可能性がある

導入コストがかかる

トレーサビリティを導入するには、システムの導入が必要です。業種や導入規模にもよりますが、製造業界や食品業界などの大量の製品を管理する業界では、一般的に初期費用が500万円以上かかります。

このように、トレーサビリティの初期費用は高額ですが、適切にトレーサビリティを導入すると、導入コスト以上の効果を生み出せることがわかっています。ここでは、東京海洋大学が試算した水産業界の例を紹介します。

水産業界では食の安全性を守るために、ある食品が病原菌の原因物質と判断されると、海域全体が汚染されているリスクから、同海域で獲られた該当食品が全て出荷停止となってしまいます。原因が突き止められなければ、仮にその原因が海洋汚染ではなかった場合でも、廃棄しなくてはなりません。

このような事例が1件あった場合、648万円もの損失が出ると同大学は試算しています。しかし、仮にトレーサビリティによって原因が特定できれば、全ての食品を廃棄する必要がなくなり、損失を最小限に抑えられます。

※単位:千円

上の図は、トレーサビリティの費用と効果を表したグラフです。初年度こそ効果が費用を下回っていますが、2年目以降は効果が費用を上回っています。このように、初期費用こそかかってしまうものの、適切にトレーサビリティを行えば、経済的にプラスになる可能性もあります。

業界全体がトレーサビリティを導入しなければならない

チェーントレーサビリティを行う場合、サプライチェーン上にいる全ての業界がトレーサビリティシステムを導入しなければ、そこで追跡が途絶えてしまいます。そのため、製品1つにトレーサビリティを導入する場合でも、複数の業界の協力が必要です。

1つの業界でも欠けてしまうとトレーサビリティが成立しないため、トレーサビリティの導入は容易ではありませんが、実現すれば付加価値の創出や経済的損失の防止に繋がります。

生産効率が落ちる可能性がある

トレーサビリティを導入すると、管理しなければならないものが増えるため、多かれ少なかれ労力を割く必要があります。しかし、トレーサビリティで得られる利益よりも、管理コストの方が大きくなってしまうと、導入して利益に繋げるどころか、損をしてしまうことになります。

生産効率を落とさずにトレーサビリティを導入するには、トレースを機械化したり、従業員の負担にならないようにするなど、管理工程ができるだけ少ないものにする必要があるでしょう。

トレーサビリティとは?仕組みや活用方法を簡単に解説
(画像=metamorworks/stock.adobe.com)

トレーサビリティに関するQ&A

・トレーサビリティマトリクスとは何ですか?
・トレーサビリティシステムとは何ですか?

トレーサビリティマトリクスとは何ですか?

トレーサビリティマトリクスは、トレーサビリティで要求される項目の実施場所や設計書、仕様書の場所がまとめられたマトリクス表のことです。トレーサビリティマトリクスを用いると、トレーサビリティ要件がどこにあるかを一目で確認できるようになります。

日本プロジェクトマネジメント協会「ビジネススキルとしてのマトリックス図法」
(出典=日本プロジェクトマネジメント協会「ビジネススキルとしてのマトリックス図法」)

マトリクス表とは、上の画像のような、縦と横の行列で構成されている表のことです。各工程で要求される情報を表にまとめておくことで、不良の原因特定や、記載漏れを防ぐことができます。

トレーサビリティシステムとは何ですか?

トレーサビリティシステムとは、トレーサビリティを実施するために必要なシステムのことです。バーコードや識別番号によって製品をトレースする場合、それらの情報を管理する仕組みが必要になりますが、この仕組みをトレーサビリティシステムと呼んでいます。

まとめ|トレーサビリティは顧客の信頼度や生産性を上げられる

トレーサビリティは、情報の透明性を高めて顧客に安心感を持たせるだけでなく、集めたデータを品質改善にも役立てることができます。活用方法を工夫することで、顧客に多くの情報を届けるだけでなく、自社に有益な情報をもたらすことが可能です。

業界や企業によってトレーサビリティ導入の経緯は異なりますが、顧客の利益だけでなく、自社の利益にもつながるようなシステムが導入できれば、三方良しの商売となるでしょう。

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