AI時代の企業・組織・産業の“変革”を支援することをミッションに掲げ、DX(デジタルトランスフォーメーション)をテーマにデータドリブン経営による企業変革を支援する株式会社INDUSTRIAL-X。同社の主催によるカンファレンスイベント『Conference X 2025』が、2025年12月12日(金)に開催されます(会場/東京都港区芝公園 ※オンライン同時配信あり 参加費/無料)。
製造業やデジタル変革の最先端で活躍する登壇者を招いて、DXの先にある“産業の未来”を描く同イベントは、今回で開催10回目。「AI時代の“企業変革”~未来を創る業界トップ経営者が集う!~」をテーマに、次代を見据えた企業変革の道筋を探ります。さらに、「宇宙産業が、既存の製造業の発展や進化に寄与する可能性」にも光を当てます。
そこで、INDUSTRIAL-X 代表取締役CEOの八子知礼氏に、Koto Online編集長 田口紀成氏が「AI時代の企業変革」や「宇宙産業が製造業にもたらす好影響と可能性」などについてお聞きしました。
1997年松下電工(現パナソニック)入社、宅内組み込み型の情報配線機器の設計開発から製造移管および介護機器の商品企画開発に従事し、 製造業の上流から下流までを一通り経験。その後、複数のコンサルティング企業に勤務した後、2016年4月より(株)ウフルに参画、 様々なエコシステム形成に貢献。 2019年4月に(株)INDUSTRIAL-Xを起業、代表取締役に就任(現職)。 クラウドやIoT、DXコンサルタントとして多数の企業支援経験を有する。著書に「 図解クラウド早わかり 」「DX CX SX」など。
2002年、株式会社インクス入社。3D CAD/CAMシステム、自律型エージェントシステムの開発などに従事。2009年に株式会社コアコンセプト・テクノロジー(CCT)の設立メンバーとして参画後、IoT/AIプラットフォーム「Orizuru」の企画・開発等、DXに関して幅広い開発業務を牽引。2014年より理化学研究所客員研究員に就任、有機ELデバイスの製造システムの開発及び金属加工のIoTについて研究を開始。2015年にCCT取締役CTOに就任。先端システムの企画・開発に従事しつつ、デジタルマーケティング組織の管掌を行う。2023年にKoto Onlineを立ち上げ編集長に就任。現在は製造業界におけるスマートファクトリー化・エネルギー化を支援する一方で、モノづくりDXにおける日本の社会課題に対して情報価値の提供でアプローチすべくエバンジェリスト活動を開始している。
目次
日本の製造業における、AI活用の現状
田口氏(以下、敬称略) AI活用は、「守り(効率化)」だけでなく 「攻め(付加価値創出)」にも効果的だと言われています。製造業におけるAI活用の現状について、八子さんがさまざまな企業様の支援を行う中で感じていることを教えてください。
八子氏(以下、敬称略) 認識系のAIは、カメラによる外観検査や、エラーがある製品の除外などですでに使われています。生成AIは、現場レベルよりも、デスクワークなどで使われていることが多いですね。 そして、人を介さない自律型のAIエージェントについては、まだよくわからないという人がほとんどだという印象です。 製造業の皆様から「AIを使って、画像やカメラで検査したい」というお引き合いは多いですが、実際には外観検査のAI による判定は意外と難しく、失敗するケースも珍しくありません。 人が行ってもスピードが速くて、精度もある程度高い業務を、「どのようにAIで置き換えるか」という点について、まだチャレンジしているのが現状です。
田口 生成AIは、現場レベルではあまり使われていませんか?
八子 基本的にはそれほど使われていませんが、マニュアルの内容をAIに学習させてRAG(検索拡張生成)を構築しておいて、質問をすると回答が返ってくる“チャットボット”型の品質マニュアルの作成依頼は増えています。
人間のように振舞い、答えを導き出す「AI副工場長」
田口 いろいろな分野で生成AIは評価が高いですが、製造業の現場ではAIエージェントまではいかないチャットボットレベルの段階なのですね。製造業でのAI活用は、さらに上のレベルに上がる可能性があるとお考えですか?
八子 可能性は、非常にあると思っています。例えば、「エージェンティックAI」とも呼ばれるAIエージェントは、人の指示を先回りして対応したり、自動処理したり、簡単なキーワードを元にインテグレーション(統合)されていない複数システムから情報を引っ張ってきて教えてくれたりします。
私たちはそれを「AI副工場長」と呼んでいて、こういったアプリケーションを製造企業の方にお見せすると、皆さん「まさにそれがほしい」とおっしゃられます。このような人間のように振る舞うAIは、特に活用レベルが上がっていく可能性があると思います。
田口 どのような業務に関する可能性を秘めているのですか?
八子 今、私たちが企業向けに製作・提案しているのは、生産工程でIoT(モノのインターネット)によって集めたリアルタイムのデータと、製品情報などのスタティック(変化が少ない)なデータの両方を組み合わせるAIです。
例えば、「今日1日の生産状況を教えて」といった抽象度が極めて高い言葉を投げかけると、複数のシステムから情報を引っ張ってきて、1日の生産個数や生産状況に対する歩留まり、CT(サイクルタイム)などまで一通り回答してくれます。
こういった情報は、通常は工場長から現場担当者へのヒアリングや日報の確認、BI(ビジネスインテリジェンス)ツール内にあるデータの確認などが必要ですが、AIがすぐに回答してくれるというイメージです。
AIは『QCD』を向上させ、人間の仕事を担えるか?
田口 BIツールでダッシュボードを作って“見える化”しなくても、同等の情報を得られるわけですね。そのようなAIが『QCD(Quality=品質、Cost=コスト、Delivery=納期)』に直結する可能性については、どうお考えですか。
八子 コスト面については難しいと思います。一方で、1日の生産量も含めた納期や、歩留まりなどの品質情報は、生産設備からデータを収集できれば、判定・判断・表示できるレベルまで実装できつつあります。
また、領域としては、現状では設計領域に難しさを感じています。でも、MBD(モデルベース開発)、MBSE(モデルベース・システムズ・エンジニアリング)でのシミュレーションベースの部分でのAI活用は、膨大な可能性があるだろうと思います。
田口 実際のシミュレーションに関する事例として、近年話題の「サロゲートモデル」というAIベースの予測技術では、通常は人間が数十時間かけて行う計算を即答してくれるものがありますよね。
その研究自体は以前からありますが、コンピュータやAI の性能が追いついてきて、設計などの業務プロセスそのものを変え得るだろうと思っています。
八子 なるほど。設計部分がそこまで自動化できて、膨大な作業時間を短縮して、強度の計算なども予測して計算結果を出してくれるのであれば、それを活用してトライアルしやすくなりますね。
田口 そうですね。人が行う計算をAIに任せられれば、例えば「品質向上に時間を割く」などの付加価値も生み出せると思います。
ですが、現段階では、ユーザー側としては様子見の状態だと思います。どこかの企業が「量産工程でAIがかなり役立っている」というブレイクスルーを実証してくれれば、状況は変わるかもしれません。
八子 特に量産品の場合は、AIがハルシネーション(事実に基づかない不正確な情報や誤解を招く情報を生成する現象)を包含した状態だと「AIは使い物にならない」となってしまいますね。
田口 品質判断などの業務に、AIの部分的活用の可能性はあると私は思っています。そういう部分から少しずつ可能性を探しながら、「人をAIに代替したことでコストが下がった」という先取的な企業さんが出てきてくれるといいなと考えていますが、八子さんの実感としてそういった企業は現れると思いますか?
八子 現れる兆しは見えていると思います。例えば、私たちのクライアントのプラント会社さんやプロセス系の会社さんは、ロギング(記録)されたデータが豊富にあるので、AI活用の次ステージに移行しやすい状態にあります。
田口 食品会社さんなども、定量的な品質評価が難しいのでAIを活用しやすいかもしれませんね。さまざまな可能性はありますが、QCDに直接効果があるAIの活用方法は、まだこれからというのが現状ですね。
八子 そうですね。ただ、可能性は非常に大きいと思います。
PoCが途中でストップする原因は、“目的”をはき違えること
田口 今、AIをトライアルとして導入している企業さんが多い中で、“PoC(実証実験)”がキーワードになることが多いと思います。
しかし、「PoCが途中で止まってしまった」「結局、限定的な活用に留まった」というケースも珍しくありません。こういった「PoCの壁」や「限定活用の壁」の根本的な原因は、どこにあるのでしょうか。
八子 PoCにはある程度のコストがかかりますから、企業の方とお話していると「ROI(費用対効果)はどうなる?」という話によくなります。
しかし、PoCはあくまで技術検証なので、そこでは効果は出ません。「これくらいの効果が出る可能性がある」ということを検証や試算するのが、そもそものPoCの“目的”です。
この前提を理解していらっしゃる方であれば、「PoCで『技術的にできる』とわかったから、次に進もう」という話になります。しかし、そうでない方の場合は「100万円かけてROIはどうだった?」という効果に関する話になってしまいます。これが原因の一つだと思います。
田口 本来の“目的”とはズレてしまうんですね。
八子 そうなんです。また、PoCの“目的”は“検証”なのですが、いつの間にか、「PoCを行う」「PoCを成功させる」こと自体が“目的”になって、目的と手段が入れ替わってしまっているケースもよく見られます。
また、小規模や部分的にPoCを実施して、「効果が出なかった」「効果がわからないのであれば、先に進めない」と、そこでストップしてしまうことも多いと思います。
本来は、「大きな規模でAIなどを商用実装して、現場の状況を可視化する」「外観検査工程はすべてAIに置き換える」といった施策を行うべきで、その結果、「その業務に従事していた人たちの工数が激減できた」などの効果が出るわけです。
しかし、その前段階で「こんなカメラやセンサが使えます・使えません」ということだけを検証していては、当然ながら効果は出ません。
“意思決定”と“最適な実施規模”が、AIのPoC実施のポイント
田口 部門や業務全体など、大規模での実施が必要なのですね。ほかに、原因や問題などはありますか?
八子 よく問題になるのが、「意思決定者がいない」ことです。
例えば、「AIのセンサやカメラ、ソフトウェアを開発すると総額2000万円」という場合に、「コストがかかってもいいからやろう」と決断できる方や、「PoCの段階で効果が出なくてもやろう」と言える方がいないのも、課題の一つだと思います。
田口 意思決定で言うと、ありがちなのが「PoCはそれほどお金かからない」と、決裁権が小さめの現場責任者の方が小規模で実施するケースですね。
実際には「業務全体を変える」「課題になりそうなところをピックアップして確認する」ということが目的なのに、“PoC”と銘打って小規模で実施している場合が多いのではないかと感じています。
そういった状況は、日本企業の予算申請・決済の構造や、「本来必要なPoCは大規模になること」などが原因かもしれませんね。
八子 そうですね。AI などのDXは最終的に“全体最適”を標榜していくアプローチですから、その検証を行うPoCを小規模で部分的に実施すると“個別最適”になってしまいます。
田口 予算を取るのは簡単ではないけれども、AI導入のPoCは大規模で実施しなければ効果がわからない。この部分のバランスが難しいですね。八子さんが企業側に提案する際、どのような方法で行っていますか?
八子 私たちは、「工場の生産データのようにダイナミックに変化するデータを、最初からAIで処理しましょう」というよりも、例えば「マニュアル類やFAQなどのスタティックなデータを中心に、『現場担当者やベテランへの確認が必要』な部分からAIエージェントを作りましょう」と提案します。
そのような形であれば、2ヵ月ほどの短いスパンで、新たに大量なデータを収集しなくても既存のものを元に開発できるので、それほどコストはかかりません。
そして、それが完成した後に、設備や環境などのダイナミックデータも収集して規模を拡大していくことをお勧めします。いわゆるPoCではなく、「まずはスモールスタートして効果を出していく」という形です。
AIを「デジタルレイバー」として活用するために、経営者が持つべき認識
田口 AI活用の目的は事業の成長・拡大や再構築などさまざまですが、AIを真に活用するために、経営者の方はどのような心構えや準備をすべきでしょうか。組織デザインの観点も含めて教えてください。
八子 今後、 AI は自動化が進んで、どんどん人のように働いてくれる「デジタルレイバー」のレベルまで進化するのは確実です。元OpenAI研究者が予測する衝撃シナリオ『AI 2027』によれば、そのペースは従来よりもかなり早まっています。
デジタルレイバー化した「AIたち」をある業務に投入すると、その業務に従事している人たちの仕事量が減りますし、他部門に配置転換することが可能になります。そして、たとえば設計部門の人が製造や営業部門に異動する場合、リスキリングが必要です。
さらに、設計部門の次に別部門でAIを投入すると、今度はその部門でも配置転換を行うことになって、会社全体で同様のことが立て続けに起こります。
この現象は、「2000年頃に行われたBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)と全く同じ“全社的な配置転換”が、また必要になる」ということで、経営者の方はそれを認識する必要があります。
加えて、今回は「各部門別にAI を導入するとしても、全体で最適化しなければならない」という考え方もきちんと認識することが必要です。この認識の有無によって、AI導入のプロセスが全く違ってきます。
ですから、経営者として全社的な配置転換と全体最適を理解・認識した上で、確固たる“AIビジョン”や“AI時代の経営アジェンダ”を持っていなければなりません。
そして、それを経営トップだけでなく、経営幹部の皆さんも認識を一つにしておかないと、部門間での人材交換で諍いが起こる可能性があります。そうなると、「AI エージェントを導入しないほうが、今の組織体制から変わらないからいいんじゃないか」ということにもなりかねません。
田口 当初の目的が果たせなくなってしまいますね。
八子 そうならないために、AI時代の経営アジェンダや経営陣のリテラシーを持って、「どういう企業モデルを目指すのか」という目標を立てることが大切です。
その上で、「どこから優先的に導入するか」「リスキリングをどう行うか」「新規採用が難しい部門から配置転換を行うか、社内での課題の解決を優先するか」といった方針を決めて、ロードマップに落とし込むことが極めて重要になります。
“変革”を起こすには、「実現不可能に思えるビジョン」と覚悟が必要
田口 「AIと付き合っていく」という新たな命題について、まだ誰も“正解”を持っていなくて、これからどんどん変わっていくと思っています。自分たちが“正解”を見つけるためのヒントを教えてください。
八子 シンプルに言えば、「ビジョンを作りましょう」ということです。そして、「自分たちが理想とする姿を超えた、さらに上をいくレベルのビジョンを作る」ことが大切だと考えています。
例えば、株式会社ディー・エヌ・エーの南場会長は、「経営のAIシフトによって、今の半分の人員で現業を成長させ、残りの半分でユニコーン(新規事業)を生み出す」という趣旨のお話をされていらっしゃいます。
また、当社が現在取り組んでいる企業のプロジェクトでは、「生産量を10倍にする」というビジョンを立てて、新工場の立ち上げを計画中です。
もちろん人材の新規採用も行いますが、エリアによっては人材確保が難しい可能性があります。その場合、製造の現場だけでなく、他部門でもAIエージェントの導入が不可欠になるため、「どのような組織設計をするか」という議論を進めています。
具体的な施策としては、「日々の業務の中で、自分の周囲で数体のAIエージェントやロボットが働くとしたら、自分やAIの業務をどのようにイメージできるか」ということを、品質保証や生産管理、保守メンテナンス、商品企画、営業など、従業員の皆様に考えていただいています。
田口 なるほど、高いレベルのビジョンを掲げて、「その達成のためにAIを活用するには、どうすればいいか」ということを各組織で考えてもらうわけですか。経営クラスの方も、従業員の方も、それくらいの覚悟がないと“変革”はできないですね。
八子 はい。既存の枠組みのままで新しいことを行おうとすると、反発する方も現れます。そうなると、「勝手にやればいい」という分断が起きてしまうので危険です。
また、部分的に導入するケースで、「AIを実装する組織を社外に新設して、AI推進に関しては全て担う」ということを検討している企業もあります。
田口 私も、そういった方法が成功ポイントの一つだと思います。先ほどの南場会長の「新しいことをやるには」というお話にも通じますし、規模的にも小さければリスクも低いですから。多くの企業の方にお話を実際に聞いていても、そういったスタートをせざるを得ないのかなと感じています。
経営幹部やリーダークラスを巻き込んで、組織的に取り組む重要性
田口 AI以前のデジタル化を推進する際、「どうしても組織論に巻き込まれてしまう」とお困りの企業をたくさん見てきました。その点について、何か解決方法はありますか?
八子 子会社を作って社外に切り出しても、社内にDX 推進室やAI 推進室を作っても、それだけでうまくいくとは限りません。
しかし、経営トップが「AIを導入して変えるんだ」という強い意志を持って、経営幹部も実際にAIを使いながら議論を進めていれば、部長・課長などのリーダークラスも同様の対応を取らざるを得なくなります。そのような状況を作って、「自部門で使ったらどうなるか」ということを各組織や全社として考えていくことが大切です。
田口 現実問題として、人間にしかできないような業務もありますが、その場合はどうすれば良いでしょうか。
八子 人がモノに直接触らないといけない業務や、人が物理的に操作する必要がある業務に関しては、AIやロボットを導入して人とリプレースすることはまだ難しいと思います。
それ以外のAIが対応できつつある分野に関しては、全部門でAIを導入すると反発が出る可能性があるため、「この部門・業務では AI を使う」「ここはAIと人で行う」「これは人が中心になって行う」という風に3~4程度にレベルを区分して、実施していくのが現実的でしょう。
田口 そのように度合いを決めて導入するためにも、経営者や経営幹部、リーダークラスが「変える」という共通の意識・意志や導入後のイメージを持っていないといけないですね。
そして、現段階では「失敗するかもしれない」ということを前提に、チャレンジすることに価値を見い出すことが重要だと思っています。
特に、会社規模が大きくなるほど成果を出すまでに時間がかかるので、できるだけ早期に資本やリソースを投入して、できるだけ早くリターンを得ることが大切です。そうでないと、業界や世の中の流れに置いて行かれてしまいます。
製造業の“技術”が、宇宙産業の“未来”を創る
田口 昨年の『Conference X』に続き、今回も「宇宙産業」にもスポットを当てると伺いました。
私は、「ビジネスモデルとしてまだ確立されていない」「モノづくりの仕方が決まっていないところがある」という点で、宇宙産業は非常に面白いと思っています。そこで、まず、御社の宇宙への関わりや取り組みを教えていただけますか。
八子 私たちは、製造業のDX支援を進めながら、「現実世界をサイバー空間に高精度な仮想モデルとして再現し、設計や運用の判断を支援する」ための技術である『デジタルツイン』の実現を目標として掲げてきました。
2030年くらいには、デジタルツインをある程度実現できている会社も出てくるのではないかと考えています。
そして、デジタツインの環境が整ってくると、スペースXが行っているような「ロケットなどのモノづくりが、宇宙空間でどのように実現できるか」ということを再現・シミュレーションするフェーズに入っていくでしょう。
そうなれば、ロケット打ち上げの成功確率が飛躍的に上がって、かなりの数と頻度でロケットが宇宙空間に飛び立っていくと考えられます。
当社では、2019年の創業初期から、宇宙開発におけるデジタルツイン構想を『スペース・ツイン®』と名づけて取り組んでいます。
田口 宇宙産業は、現在の製造業とは距離があるようにも思えるかもしれません。しかし、例えば“3Dプリンター”はまだ日本の製造業の中核に入り切れていない状態ですが、3Dプリンター使用で優れた技術を持つ金属加工企業によると「宇宙産業では採用されやすい」そうです。
そのように、製造業にとって「宇宙産業のモノづくりのプロセス自体が固まってない」という“良さ”があると感じています。
八子 おっしゃる通りですね。たとえば、日本の巨大な産業構造の中にある自動車業界では、EV化が進むとエンジンのシリンダーブロックなどの金属加工パーツが不要になります。約3万点ある自動車部品のうち、1/3がなくなると言われています。
製造業に関わる当社としては、「2035年~40年頃には、多くの方が仕事を失う可能性がある」と常々危惧してきました。そして、そのような金属加工などに携わる企業や個人の方々の“次のビジネス”というものは、地球上にそれほど多くは存在しないと思っています。
金属加工品を使う大きなプラントも北半球では作りづらくなってきていて、南半球や建築物が代替候補として考えられますが、南半球でグローバルサウスとなると、インドやアフリカくらいにしか金属を使うものはないかもしれません。
そう考えると「やっぱり宇宙産業だろう」と思っていまして、「宇宙でのビジネスに金属加工業の方々の次のチャンスを見いだして、そこに金属加工業の方々たちを連れて行くことができないか」と2020年に本格的に取り組み始めたのが、『スペース・ツイン®』という当社の中長期的ビジョンです。
田口 具体的に、どのような取り組みをしているのですか?
八子 JAXA(宇宙航空研究開発機構)さんの人工衛星開発標準化や工期短縮のフィジビリティスタディ(実現可能性調査)のプロジェクトを、 NECさん・三菱電機さんと一緒に行っています。中期的な観点では、この取り組みによって日本の衛星開発やモノづくりの競争力を上げていくことが目的です。
さらに、「今は宇宙専用のパーツしか使えない部分に、自動車産業の汎用的なパーツを適用できるようにしていこう」と計画しています。これが、私たちが宇宙産業に注目して取り組んでいる一つの大きな理由です。
月や宇宙空間でモノを作るには、重力の問題をはじめ、非常にたくさんの技術的なチャレンジが必要です。しかし、その一方で「無重力だから作りやすい」というメリットもあります。そういったことも踏まえて、いろいろなモノづくりの方法をシミュレーションベースで早く実現させるために取り組みを続けています。
宇宙でのビジネス実現の核になる“三位一体”
田口 実際に宇宙で衛星を作って打ち上げるとなると、現地で作業を行う人以外にも、物資を運ぶパートナーやサプライヤーとの連携なども含めてデザインする必要がありますね。そう考えると、ビジネスやミッションは多岐にわたりそうですが、現時点での乗り越えるべき課題などはありますか?
八子 一つは、「宇宙では、まだ量産できる状態までいけていない」ということです。
例えば、衛星で言えば、スペースXが多くの衛星を量産して打ち上げていますが、あれほど大量にモノづくりを行う必要があるビジネスはまだ発達していません。「作っても数十台」というレベルでは、「自動車産業で培ったノウハウや量産プロセスを活かす」という段階には程遠いと思います。
また、サプライチェーンがまだ十分に揃っていないので、「宇宙ビジネスへの間口が狭く、限られた人たちしか関わっていない」「ビジネスとして取引している企業が少ない」という課題があります。日本国内でも少しずつ取引実績は出始めてはいますが、やはりまだまだ裾野の広がりが足りないと思っています。
田口 自動車産業のように「生産量、万単位・十万単位」というレベルまで達していない現在のマーケット事情では、製造業の皆さんも宇宙産業が成長するイメージがつきませんし、市場も育っていかないと思っています。しかし、マーケットが成熟するのを待っていては、宇宙ビジネスで優位に立てません。
最近は「衛星でネットワーキングする」というビジネスもありますが、それだけでは量産には至らないでしょうか。
八子 なかなか難しいでしょうね。ですから、本格的に宇宙でビジネスを行うには、例えば「月に居住エリアを作る」などの計画が必要だと思います。
そうなった場合は、地球上で作ったモノを月に持っていくのではなくて、月で作れるようにすることが不可欠です。そのためには、月に施設を作る建設業の方や、宇宙空間でモノを運ぶ物流業の人材も確保しなければなりません。
私たちはこの二つの業界もセットで必要だと思っていますので、製造業・建設業・物流業の在り方が大きく変わって、もしかしたら宇宙ビジネスは“この三業界が三位一体になったビジネス”になる可能性もあると考えています。
田口 それほど大きな市場規模になるのであれば、たとえば「重力などの影響で人が長時間作業できない場合は、ロボットが作業を行う」「そのロボットを量産するには、製造業の技術が必要」など、宇宙産業でのモノづくりや製造業との関係性も想像しやすくなりますね。
八子 さらに、人間が作業できない宇宙空間でロボットが製造・建設・物流を行うのであれば、かなりの数のロボットを量産することが必要になります。そのためには、大量なパーツ、つまり製造業の力が求められるようになるでしょう。
このように、「ロケットやロボットなど宇宙産業に必要なものが量産化されて、新しい産業が生まれる」と考えると、製造業としての夢も広がりますよね。
田口 時間はかかるかもしれませんが、ぜひ実現していただきたいです。
八子 そういった中長期的なビジョンを持って、その実現のために必要なことを逆算して、協同してくださる“仲間”を作りながら実現していきたいと考えています。
今回の『Conference X 2025』で行うセッションでも、宇宙産業に関わっている方々に「製造業の、何が活かせるか」などについて議論していただく予定です。
「リスクがあるからやらない」のではなく、「まずやってみる」
田口 『Conference X 2025』は、「自社も変わらなくては」と考えている製造業の企業の方々にとって、とても刺激になりそうですね。最後に、この記事を読んでくださっている方々にメッセージをいただけますか。
八子 先ほど、田口さんが「失敗を前提に、チャレンジすることに価値を見いだすのが重要」とおっしゃいましたが、AIの導入やPoCに限らず、「リスクがあるからやらない」のではなく「やってみる」ことが大切だと思います。
誤解を恐れずに言いますと、社会的にAI導入が始まったばかりの今は、「失敗しても大丈夫」な段階だと思います。そして、失敗からリカバリできるスピードも速い状態だと感じています。
ですから、「リスクがある」「難しそう」と考えず、「まず使ってみて、早い段階で失敗してみて、リトライする」ということをスピーディーに繰り返していくことで、小さな成功体験を少しずつ経験して積み上げていくことが非常に重要だと思います。
その中で「こうすればうまくいく」というノウハウが蓄積されていけば、経営陣が大きなビジョンや方向性を打ち出さなくても、成功事例をもとに現場から動きが全社に広がっていくはずです。
田口 今はAIツールも種類がたくさんありますし、自社の環境を変革・整備するには良いチャンスだと思います。本日は、ありがとうございました。
【イベント情報】
開催概要 名称:Conference X 2025 「変革の先に、次の時代を見る」
日時:2025年12月12日(金)13:00〜18:10 / ネットワーキング 18:10〜
会場:ベルサール御成門タワー 3Fイベントホール(東京都港区芝公園1丁目1−1 住友不動産御成門タワー)
主催:株式会社INDUSTRIAL-X
メディアパートナー:Koto Online、TECH+
URL:https://x.gd/kuBLW
