フィジカルインターネットとは?もたらす3つの価値や導入事例も紹介

物流業界は深刻なドライバー不足、コスト上昇、配送効率の低下という三重の課題に直面しています。

これらの問題解決に期待されるのが、物流版のインターネットとも言えるフィジカルインターネットです。

複数企業の倉庫やトラックをシェアリングし、標準化された容器で荷物を効率的に輸送するこの革新的なシステムは、物流コストの削減だけでなく多くの価値を生み出すでしょう。

近年、欧州を中心に注目を集め、日本でも経済産業省が2021年から実現に向けた検討を始めました。物流効率化による生産性向上、災害時にも途絶えない強靭なサプライチェーンの構築、環境負荷の大幅な削減など、製造業にとっての恩恵は計り知れません。

この記事では、フィジカルインターネットの概念から具体的な導入事例、実現までのステップまで詳しく解説していきます。

目次

  1. フィジカルインターネットとは?
  2. 3つの物流課題から見るフィジカルインターネットの必要性
  3. フィジカルインターネットがもたらす3つの価値
  4. 製造業におけるフィジカルインターネット導入事例3選
  5. フィジカルインターネット導入までの3ステップ
  6. フィジカルインターネット導入時の3つの注意点
  7. フィジカルインターネットの今後の展望
  8. まとめ

フィジカルインターネットとは?

フィジカルインターネットとは、インターネットの概念を物流に応用した革新的な物流システムです。インターネットがデジタル情報を効率的に送るように、物理的な商品も最適な方法で輸送・保管するシステムを目指しています。

具体的には、複数の企業が保有する倉庫やトラックをシェアリングし、物資を効率的に輸送する仕組みのことです。標準化された容器に荷物を詰め、様々な企業が共有する物流ネットワークを通じて輸送します。

従来の一社独占の非効率な輸送から、オープンな共同輸送・配送へと転換するモデルといえるでしょう。

このシステムにより、物流コストの削減、環境負荷の軽減、ドライバー不足への対応が可能になると期待されています。2010年頃にヨーロッパで提唱され、日本でも2021年から経済産業省が実現に向けた検討を始めています。

3つの物流課題から見るフィジカルインターネットの必要性

現在の物流業界における課題として、主に以下の3点があげられます。

  • ドライバー不足の深刻化
  • 物流コストの継続的な上昇
  • 配送効率の低下

順番に解説していきます。

課題1:ドライバー不足の深刻化

トラックドライバーの不足は物流業界の最大の課題となっています。

現在ドライバーの平均年齢は高まっており、若手人材の確保が困難な状況です。45歳以上のドライバーが全体の60%を超え、29歳以下の割合はわずか10%にとどまっているというデータも。さらに、2027年には24万人のドライバー不足が予測されており、製造業の物流機能に深刻な影響を与える恐れがあります。

運輸業・郵便業の2023年の入職率は10.1%と、全産業平均の16.4%を大きく下回っています。労働力人口自体も2022年の6,902万人から2030年には6,556万人、2040年には6,002万人へと減少する見込みで、人材確保の競争は今後さらに激化するでしょう。

この人材不足は製造業にとって安定した物流の確保という生命線を脅かす重大な問題といえます。

課題2:物流コストの継続的な上昇

物流コストの上昇は製造業の収益性を直接圧迫する要因となっています。コロナ禍でのEC需要増加やドライバー不足により、物流各社は運賃値上げを余儀なくされました。

さらに、2022年以降のロシアのウクライナ侵攻に伴う世界的なエネルギー価格高騰は、燃料費の増加として物流コストを押し上げています。

特に大きな影響を与えるのが「2024年問題」です。2024年4月から自動車運転業務の年間時間外労働時間が960時間に制限され、割増賃金率も引き上げられました。この規制により、1人のドライバーができる業務量が減少し、同時に人件費が増加するため、物流コストはさらに上昇する傾向にあります。

製造業にとっては、こうした外部環境の変化に対応しながら、物流コスト削減策を講じることが経営上の重要課題となっているのです。

課題3:配送効率の低下

ECサイトの普及により小口配送や多頻度配送が増加し、物流効率の低下が顕著になっています。トラックの積載率は年々低下しており、2010年の約40%から2020年には約36%まで下がりました。

消費者の即日配送や翌日配送へのニーズが高まり、十分な荷物が集まる前に出発せざるを得ないケースが増加しています。また、配送先の増加や複雑化した物流ルートにより、非効率な運行が発生しています。

さらに再配達の問題も深刻で、国土交通省のデータでは2024年時点で再配達率が約10.2%に達し、ドライバーの労働負担増加やCO2排出量の増加につながっています。製造業の多品種少量生産化も物流効率の低下に拍車をかけており、サプライチェーン全体の見直しが不可欠です。

物流効率の改善は、コスト削減だけでなく環境負荷軽減の観点からも製造業が取り組むべき重要な経営課題となっています。

フィジカルインターネットがもたらす3つの価値

フィジカルインターネットがもたらす3つの価値
  • 物流効率化によるコスト削減と生産性向上
  • 災害時にも止まらない強靭なサプライチェーンの実現
  • 環境負荷の削減

順番に見ていきましょう。

価値1:物流効率化によるコスト削減と生産性向上

フィジカルインターネットでは、複数企業の荷物をまとめて積載することで、トラックの積載効率が大幅に向上します。この積載効率の向上により、必要なトラック台数が減少し、燃料費や人件費などの物流コストを削減できるのです。

物流データの標準化によって、緊急時の配送依頼にも迅速に対応できるようになります。さらに、配送ルートが固定化されることで納品時間が安定し、全体の配送効率も向上するでしょう。

経済産業省の試算によると、フィジカルインターネットの実現により11.9〜17.8兆円の経済効果が期待できると言われています。

製造業にとって、安定した物流の確保と物流コスト削減は、国際競争力を維持するための重要な戦略となり得るのです。

価値2:災害時にも止まらない強靭なサプライチェーンの実現

フィジカルインターネットでは、

  • 生産拠点
  • 輸送手段
  • 経路

など多様な選択肢から柔軟に選ぶことが可能になります。

自然災害などが発生した場合でも、物流の遅延や寸断がなく、目的地まで商品を運べる耐性が強化されるでしょう。

従来の物流システムでは、災害で配送ルートが寸断された場合、代替経路に交通が集中して渋滞が発生するリスクがありました。しかし、フィジカルインターネットでは、企業間や地域間のデータ共有と連携により、迅速な情報収集と対応が可能になります。

例えば、被災していない別ルートを利用している他社の車両に積み替えたり、他の商品と合わせて輸送したりすることで、交通量の増加を最小限に抑えられるのです。災害時には、状況把握、輸送手段や生産拠点の変更等を迅速に行うことで、サプライチェーンの寸断を回避し、継続的な物資流通を実現できます。

地震が多い日本において、こうした「止まらない物流」の構築は製造業の事業継続にとって重要な役割を果たすでしょう。

価値3:環境負荷の削減

フィジカルインターネットによる共同配送と積載効率向上は、トラックの稼働台数を大幅に削減し、二酸化炭素排出量の低減につながります。

政府が掲げる2050年までのカーボンニュートラル達成に向けて、物流分野でもCO2排出量削減が強く求められています。フィジカルインターネットを活用した効率的な物流は、輸送部門の温室効果ガス排出量削減に大きく貢献すると期待されています。

また、鉄道輸送など環境負荷の少ない輸送手段を物流網に組み込むことも容易になるでしょう。製造業にとって、環境に配慮した物流体制の構築は企業の社会的責任を果たすだけでなく、環境規制が強化される中で競争力を高める重要な要素となります。

経済産業省と国土交通省は、フィジカルインターネットの実現が2050年のカーボンニュートラル実現にも貢献すると予測しており、環境と経済の両立を目指しています。

製造業におけるフィジカルインターネット導入事例3選

ここからは製造業におけるフィジカルインターネット導入の事例を3つ紹介していきます。

順番に見ていきましょう。

事例1:大手食品メーカーによる共同物流会社の設立

複数の大手食品メーカーが「競争は商品で、物流は共同で」という理念のもと、共同出資により物流会社を設立しました。この取り組みでは、将来の労働力人口減少への対応と環境負荷の低減を目的としています。

具体的には、

  • 共同配送
  • 先進物流技術の開発・活用
  • 多様な人材登用と働き方の推進

などを通じて、持続可能な食品物流の構築を目指しています。

製造業が抱える物流の課題に対し、業界の垣根を越えた連携で解決策を見出した好例と言えるでしょう。

複数企業の荷物を一つのトラックにまとめることで配送効率が向上し、トラックの稼働率アップにも貢献しています。さらに物流設備や人材を共有することで、各社が単独で物流体制を構築するよりも大幅なコスト削減が実現しました。

この事例は製造業におけるフィジカルインターネット導入の先駆的モデルとなっています。

事例2:化学品メーカーによる共同物流の実証実験

経済産業省・国土交通省が主導する「フィジカルインターネット実現会議」内の「化学品ワーキンググループ」が2024年9月から12月にかけて、関東・東海地区で共同物流の実証実験を実施しました。この実験では、共通データ基盤を活用して各参加企業の物流業務に関わる積載率やCO2排出量など様々なデータの連携を行いました。

物流・商流データの標準化を進め、各社独自のデータ形式を「物流情報標準ガイドライン」に沿った構造へと変換・標準化し、ロジスティクスデータベースに蓄積しています。標準化されたデータを基に、共同配送による効果をシミュレーションで算出する試みも行われました。

化学品は危険物や特殊な取り扱いが必要な製品も多く、業界特有の課題を解決するモデルケースとなっています。この取り組みにより、これまで各社で別々に行われていた物流を最適化し、業界全体の物流効率向上が期待されています。

事例3:飲料製造業による原材料調達の効率化

清涼飲料の製造・販売を行う企業では、持続可能な原材料調達物流を目指した取り組みを実施しています。

具体的には、工場に隣接した「門前倉庫」を活用し、原材料輸送の効率化を図る方法を導入しました。従来は複数の仕入先から直接工場へ配送していた原材料を、一旦門前倉庫で集約し、必要なタイミングで工場へ供給する仕組みに変更しています。

この取り組みにより、トラックの待機時間削減や荷卸し作業の分散化が実現し、物流の効率化とともに環境負荷も低減しました。また原材料の一括管理により在庫の可視化と最適化も進み、製造計画との連動性も高まりました。

原材料調達という製造業の上流工程からフィジカルインターネットの考え方を取り入れた事例として、多くの製造業が参考にできるモデルとなっています。サプライチェーン全体の最適化を図ることで、コスト削減と持続可能性の両立を実現した好例です。

フィジカルインターネット導入までの3ステップ

フィジカルインターネット導入までの手順は、大きく以下の3ステップに分けられます。

  1. 自社の現状分析と課題の可視化
  2. 標準化への対応と小規模な実証実験
  3. 業界連携と本格的な統合システムの構築

順番に解説していきます。

ステップ1:自社の現状分析と課題の可視化

まずは自社の物流状況を徹底的に分析し、どのような課題があるのかを明確にしましょう。

具体的には現在の物流コスト、積載率、配送ルート、拠点配置などのデータを収集し、改善可能な領域を特定する作業が必要です。物流に関わる情報を電子化し、データとして蓄積・分析できる体制を整えることも重要なポイントとなります。

多くの企業では物流が「見えないコスト」となっているケースが多く、可視化することで無駄が明らかになるでしょう。この段階では、社内の物流担当者や経営層が物流の重要性を理解し、改革への意識を高めることも大切です。

2025年までの準備期間に、自社の物流をデジタル化し、データに基づく意思決定ができる体制を整えておくと良いでしょう。この基盤があってこそ、次のステップに進む準備が整います。

ステップ2:標準化への対応と小規模な実証実験

次のステップでは、業界で進められている物流資材やデータの標準化に対応しながら、小規模な実証実験に取り組みましょう。

例えば、パレットやコンテナのサイズ統一、商品コードや事業所コードの標準化などが進められています。標準化に対応することで、他社との共同配送や共同拠点利用がスムーズになり、物流効率化の基盤が整います。

並行して、同業他社や取引先との小規模な共同配送の実証実験にも取り組むと良いでしょう。

北海道では地域の荷主や物流事業者600名弱が参加し、共同輸配送を推進することで積載率を50%まで向上させる取り組みが行われています。初期投資を抑えつつ効果を検証できる小さな取り組みから始めることが、リスクを最小化する賢明な選択です。

ステップ3:業界連携と本格的な統合システムの構築

最終ステップでは、業界全体との連携を深め、本格的な統合システムの構築に取り組みます。

具体的には物流・商流データプラットフォームを通じて、リアルタイムで最適な輸送ルートを選択できるシステムの構築が進められます。製造業では同業他社との共同物流だけでなく、異業種とも連携した物流ネットワークへの参加が求められるでしょう。

例えば、スーパーマーケット等の業界では45社が「フィジカルインターネット実現に向けたスーパーマーケット等アクションプラン」に賛同し、業界全体で取り組みを進めています。このような業界レベルの動きに合わせて自社システムを統合していくことで、全体最適化された物流体制の構築が可能になります。

フィジカルインターネット導入時の3つの注意点

フィジカルインターネット導入時に注意したいポイントは、以下の3点です。

  • 物流資材とデータ形式の標準化対応
  • セキュリティとプライバシー保護の徹底
  • 段階的な導入計画と関係者の教育

順番に見ていきましょう。

ポイント1:物流資材とデータ形式の標準化対応

フィジカルインターネットを導入する際、まず物流資材(パレットやコンテナなど)の規格と物流データの形式を標準化する必要があります。現状では企業ごとに異なる規格を使用しているため、共同配送や積み替えの効率化が難しい状況です。

経済産業省のロードマップによれば、2030年までにパレットやコンテナなどの物流資材の標準化を完了することが目標とされています。サイズや素材、機能などの標準化により、複数企業の荷物を一括して扱いやすくなり、作業効率と積載効率が向上します。

また物流データについても、コード体系や伝票フォーマットなどの統一が必要となるでしょう。自社の既存システムやパレットなどの資材が標準規格に対応しているか確認し、対応していない場合は段階的に移行計画を立てることが重要です。

早めの対応により、将来的なシステム変更コストを抑制できるという利点もあります。

ポイント2:セキュリティとプライバシー保護の徹底

フィジカルインターネットでは、企業間で物流リソースや商品情報、顧客データなどを共有するため、情報セキュリティとプライバシー保護が重要な課題となります。

共有プラットフォーム上では、トラックの位置情報や倉庫の空き状況、荷物の特性など膨大な量のデータが生成されるため、これらを安全に管理することが不可欠です。特に競合他社と物流リソースを共有する場合、商品情報や取引先情報がどこまで開示されるのかを明確にしておく必要があるでしょう。

データ保護とプライバシーの規制に適合するシステムの構築が求められ、セキュリティ対策が不十分だと情報漏洩などのリスクも高まります。導入前にはセキュリティポリシーの見直しや、データアクセス権限の設定、暗号化技術の採用などを検討すべきです。

また関係者全員がセキュリティの重要性を理解し、適切なデータ取り扱いができるよう教育することも大切なポイントとなります。

ポイント3:段階的な導入計画と関係者の教育

フィジカルインターネットへの移行は一朝一夕に成し遂げられるものではなく、計画的かつ段階的なアプローチが必要です。自社の物流課題を明確にし、小規模な実証実験から始めることが望ましいでしょう。

導入初期の障害や予期せぬ問題に備えるために、リスク管理計画を策定し、定期的なレビューと更新を行うことが重要です。また従業員や取引先など関係者全員に対して、新しいシステムとテクノロジーに関する十分な教育とトレーニングを提供することが、スムーズな移行とシステムの効率的な運用を保証します。

業界内の様々なステークホルダーとの協力も不可欠であり、企業、政府、学術機関が共同でフレームワークと規範を策定することが求められています。

段階的な導入により、初期投資を抑えつつ効果を検証できるメリットがあり、成功事例をもとに対象エリアや商材を拡大していく戦略が効果的でしょう。

フィジカルインターネットの今後の展望

フィジカルインターネットは2040年までの実現を目指し、完成時には11.9〜17.8兆円の経済効果が期待されています。

政府のロードマップに基づき、物流資材の標準化とデータのデジタル化が段階的に進められます。トラックの積載効率は2020年の40%未満から2025年には60%まで向上する見込みです。AIによる配送ルート最適化やIoTセンサーの活用で、物流業務はより効率的になるでしょう。

最終的には2050年のカーボンニュートラル実現にも貢献し、環境と経済の両立を可能にすると予測されています。

まとめ

フィジカルインターネットは、インターネットの概念を物流に応用した革新的なシステムです。デジタル技術を活用して物資や倉庫、車両の空き情報を可視化し、標準化された容器に詰められた貨物を複数企業の物流リソースで効率的に輸送します。

フィジカルインターネットが物流業界にもたらす価値は、以下のとおり。

価値 内容
物流効率化 トラック積載率向上、物流コスト削減、11.9〜17.8兆円の経済効果
強靭なサプライチェーン 災害時も柔軟に代替ルート確保、物流の途絶を防止
環境負荷削減 CO2排出量削減、2050年カーボンニュートラル実現に貢献

導入では物流資材とデータ形式の標準化、セキュリティ保護、段階的な導入計画が重要です。

大手食品メーカーの共同物流会社設立、化学品メーカーの実証実験、飲料メーカーの原材料調達効率化など、業界を超えた連携による実例が増えています。

フィジカルインターネットは物流課題解決の革新的アプローチとして、今後さらに発展していくでしょう。