DXで実現する収益機会を拡張するビジネスモデル

(本記事は、小野塚 征志氏の著書『DXビジネスモデル』=インプレス、2022年5月19日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

収益機会を拡張するビジネスの価値

DXによる収益機会の拡張とは?

DXは、「モノやサービスの取引に付随する“収益機会の拡張”」を可能とします。その方向性は、「モノから得られるデータの活用」「サービスから得られるデータの活用」「事業基盤の活用」の3つに大別されます。

モノを活用するビジネス

デジタル技術の進化は、モノからデータを得ることを容易にしました。メーカーであれば、モノにIoTデバイスなどを装着することで、誰が、どこで、どのような使い方をしているのかを把握できるようになりました。そのデータを既存のビジネスに役立てることも一考に値します。それだけではなく、新たな価値を生み出すことで、収益機会の拡張を図ることも可能になったのです。

DXビジネスモデル
(画像=『DXビジネスモデル』より)

サービスを活用するビジネス

データは、サービスを提供するプロセスを通じても得られます。それに携わる事業者であれば、収益機会を拡張するうえでの武器にできるはずです。

DXビジネスモデル
(画像=『DXビジネスモデル』より)

事業基盤を活用するビジネス

今ある事業基盤を転用することでも収益機会を拡張できます。それは自社のDXのみならず、インダストリアルトランスフォーメーションをも促すことになるでしょう。

DXビジネスモデル
(画像=『DXビジネスモデル』より)

【事業】 HDDS(Honda Drive Date Service)(エイチディーディーエスホンダドライブデータサービス)

【運営】ホンダ(本田技研工業株式会社)

クルマの走行データを活用した社会課題の解決

自動車メーカーが販売したクルマを活用することで新たな収益機会の獲得に成功した走行データサービス

DXビジネスモデル
(画像=『DXビジネスモデル』より)

ビジネスモデルの概要

ホンダは、2017年からクルマの走行データを分析し、社会課題の解決に役立てるHDDS(Honda Drive Data Service)の提供を開始しました。現在では、東京都や静岡市をはじめとするさまざまな自治体、企業などで活用されています。

走行データを分析すると、なぜ当該の道路で渋滞が起きやすいのか、その原因を解明できます。横滑りや急加減速が多い地点もわかります。その結果をもとに道路ネットワークを整備することで渋滞を起きにくくしたり、事故防止に寄与する路面改善をピンポイントで実施したりすることが可能になるというわけです。

リアルタイムで通行実績がわかることも特長です。たとえば、地震や水害などで道収路が寸断されたとき、通行実績が相応にあるルートは、クルマでの走行が可能であると類推できます。逆に、ある地点から通行実績が途切れているようなら、そこから先は通れなくなっていると見なせます。自治体であればこの情報を活用することで、避難指示や救助活動の的確性を高められるでしょう。

観光地に来たクルマの出発地点や移動ルートもわかるため、観光客を増やすために情報を発信すべき地域、案内板を設置すべき場所などを合理的に特定できます。施策を実行後、走行データを改めて分析すれば、その効果を検証することも可能です。

HDDSのベースとなる走行データは、クルマの安全性や快適性を高めるために搭載されたセンサーを通じて得られます。ホンダは、既存の事業基盤を活用することで、クルマを売ること以外の収益機会を獲得したといえるでしょう。

進化の方向性

HDDSの価値をもう一段高めようとするなら、ドライバーの属性情報を取り込んではどうでしょうか。たとえば、外国人観光客が自身の国籍を入力すると、カーナビがその国の言語に変われば非常に便利です。その国の観光客に人気のスポットをカーナビに表示することも一案です。

そして、どの国の人が来たのかを観光施設に還元すれば、より効果的なマーケティング活動を展開できます。カーナビにおすすめの観光施設として表示し、それに誘導された観光客の人数に応じて成果報酬を得ることも考えられるかもしれません。その結果として、多言語カーナビを安価に提供できれば、観光客、観光施設、メーカーの「三方良し」を実現できるでしょう。

【事業】 CAIS(Contact Area Information Sensing)(カイズ コンタクト エリア インフォメーション センシング)

【運営】運営株式会社ブリジストン

路面状態に適した安全運転を可能とするタイヤセンシング

タイヤから得られるデータで運転の安全性や道路管理のコストパフォーマンスの向上を実現

DXビジネスモデル
(画像=『DXビジネスモデル』より)

ビジネスモデルの概要

世界最大のタイヤメーカーであるブリヂストンは、数あるクルマの部品の中で唯一路面とダイレクトに接しているタイヤの特性を活かしたDXに取り組んでいます。タイヤの内側に装着した加速度センサーによりトレッド(タイヤの路面に接する部分)の振動を検出し、路面が「乾燥」「半湿」「湿潤」「シャーベット」「積雪」「圧雪」「凍結」のいずれの状態にあるのかを判定することが可能なCAIS(Contact Area Information Sensing)は、その核となる技術です。

CAISの第一の価値は、運転の安全性を高められることにあります。路面が凍結しているのであれば、そのことを車内ディスプレイに表示し、ドライバーに注意を促すことができます。また、ABS(Anti-lock Braking System)との接続により制動距離を短縮するなど、先進運転支援システムの一機能とすることも検討されています。関東以北の高速道路を管理するNEXCO東日本は、路面が凍結している場所を正確に把握するためのセンシングツールとしてCAISを活用しています。凍結防止剤をよりピンポイントに散布することで、安全性を担保しつつ、コストと環境負荷を低減することに成功しました。将来的には、路面の状態に応じてロードヒーティングシステムを稼働させたり、可変式速度規制標識システムとの連動により制限速度を変えたりすることも考えられます。

進化の方向性

ブリヂストンの取り組みは、ホンダのHDDS(190ページ)とは違って今あるタイヤからデータを得られるわけではないため、マネタイズの実現までには相応のハードルがあります。とはいえ、タイヤを売るのではなく、タイヤから得られるデータを収益の柱とすることができれば、コモディティ化が著しいタイヤ業界にあって、他社にはない競争優位性を確立できます。CAISを搭載したタイヤを採算度外視で提供し、路面のセンシングプラットフォーマーとして無二の地位を得たうえで、データビジネスで高収益を得るというシナリオを描くことも一考です。

路面の破損なども検出できるようになれば、CAISからの情報をもとに道路の補修計画を作成するようになるかもしれません。CAISが一般の車両に搭載されることで、移動の安全性が高まるだけではなく、道路管理の最適化にも広く活用されるようになるというのは1つの理想といってよいでしょう。

【事業】 CCU(Connectivity Control Unit)(シーシーユー コネクティビティー コントロール ユニット)

【運営】Bosch(Robert Bosch GmbH)

コントロールユニットによるトラック運送の最適化

配車管理/自動車保険/予測診断/緊急通報/運送マッチングを可能とするモニタリングシステム

DXビジネスモデル
(画像=『DXビジネスモデル』より)

ビジネスモデルの概要

世界最大の自動車部品メーカーである Bosch(ボッシュ) は、CASE(Connected/Autonomous/Shared&Service/Electric)の進展を見据えたビジネスモデルの革新を意欲的に進めています。トラックに搭載されるCCU(Connectivity Control Unit)は、そのキーコンポーネントといえる存在です。

CCUには通信機能が備わっており、車両の現在位置や走行履歴、車体の損耗状況などをモニタリングできます。これらのデータを配車管理システムと組み合わせれば、着地までの最適な走行ルートや待機場所などの提示を得られます。損害保険会社に走行履歴を共有することで、走行距離や運転の安全性に準じた割引率で自動車保険を利用できる付帯サービスもあります。

CCUは、緊急通報システムとも接続可能です。発地や着地以外で荷台のドアが開けられたり、所定の走行ルートを大きく外れたりすると、トラックの管理者に通報が入ります。日本ではあまり考えられませんが、このシステムを使えば、トラックが強盗されたり、ドライバーが貨物を盗んだりといった被害を速やかに察知できるわけです。

荷台に空きスペースのあるトラックの現在位置や着地などのデータを共有可能にすることも検討されています。荷主がそういった空きスペースを利用できるようになれば、トラック運送全体の積載効率を高められます。しかし、それは満帮(70ページ)やハコベル(86ページ)といった運送マッチングのスタートアップからすると、Boschが突如として競争相手になることを意味します。DXの進展は、従来の競争環境をも崩すことにもなるのです。

進化の方向性

現状、BoschはCCUを売ることで収益を得ていますが、運送マッチングへの展開を視野に入れるなら利用者を増やすことが重要です。CAIS(192ページ)の例で言及したのと同様に、採算度外視でCCUを提供し、広く多くの企業から継続的に利用料をもらうビジネスモデルへと転換を図ることが有効かもしれません。

CCUは、満帮やハコベルとは違って荷台の空きスペースをデジタルで把握できます。貨物を運びたい運送事業者を募集するのではなく、空いているスペースを見つけて押し込むこともできるわけです。先行する事業者を逆転できるだけのポテンシャルを有しているといっても大げさではないでしょう。

【事業】 MyJohnDeere(マイジョンディア)

【運営】John Deere(Deere&Company)

農機のIoT化によるデータビジネスの展開

農機の供給/農業の生産性/作物や肥料などの3つの流通を最適化するビッグデータプラットフォーム

DXビジネスモデル
(画像=『DXビジネスモデル』より)

ビジネスモデルの概要

世界最大の農業機械メーカーである John Deere(ジョンディア) は、IoTやビッグデータなどを活用した農業生産のDXを推進しています。現在では、IoTデバイスをすべての農機に標準搭載しており、そこから得られるデータを製品の開発やアフターパーツの供給、買い替えやメンテナンスの提案などに役立てています。

John Deereの農機を導入した農家は、MyJohn Deereに登録することで、農機の管理や作業計画の作成などに寄与するデータの提供を得られるようになります。温湿度、風速、日射、雨量、作物や土壌の水分量などを計測するField Connectを設置すれば、作付、灌水、施肥、農薬散布を行うべき時期や数量などを科学的に判定した結果も提示されます。農家からすれば、農機の使用による省人化のみならず、農業生産の最大化をも実現できるというわけです。John Deereにとっては、ビッグデータの活用により農機の性能のみに頼らない競争優位性を築いたといえます。

John Deereのビジネスモデルにおける特長は、このデータを匿名化したうえで第三者に販売していることです。穀物商社からすれば、相場の展望を占うにあたり、作物の生育状況を知ることの価値はきわめて大きいといえます。肥料/農薬メーカーにとっても、施肥や農薬散布の結果が作物の生育にどのような影響をおよぼしたのかがわかると、次なる製品開発に活かせます。農家にある在庫量を把握することで、供給量を最適化することも可能になります。John Deereは、世界一の農機メーカーであることを活かしたデータビジネスを展開することで、新たな収益機会を獲得することに成功したわけです。

進化の方向性

John Deereは、農家の業績を類推できるだけのデータを有しています。そのため、満帮(70ページ)のように、保険やローンといったファイナンスサービスを提供することで、収益機会のさらなる拡大を図ることも考えられます。

作物の収穫に関するデータを農家に還元することも一案です。全世界的にその作物の収穫が増えているようなら、転作を検討すべきかもしれません。生育不良が予想される状況であれば作付けを増やすことを考えるべきでしょう。農業生産の拡大のみならず、農家の経営判断をもサポートできるようになれば、企業価値をなお一層高められるはずです。

※この記事の情報は出版時点(2022年5月)のものとなります

DXビジネスモデル
小野塚 征志
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了後、シンクタンク、システムインテグレーターを経て、欧州系戦略コンサルティングファームのローランド・ベルガーに参画。
長期ビジョンや経営計画の作成、新規事業の開発、成長戦略やアライアンス戦略の策定、構造改革の推進などを通じてビジネスモデルの革新を支援。
内閣府「戦略的イノベーション創造プログラム スマート物流サービス 評価委員会」委員長、経済産業省「フィジカルインターネット実現会議」委員、経済産業省「Logitech分科会」常任委員、国土交通省「2020年代の総合物流施策大綱に関する検討会」構成員、経済同友会「先進技術による経営革新委員会 物流・生産分科会」ワーキンググループ委員、ソフトバンク 5Gコンソーシアム アドバイザーなどを歴任。
近著に『サプライウェブ-次世代の商流・物流プラットフォーム』(日経BP)、『ロジスティクス4.0-物流の創造的革新』(日本経済新聞出版社)など。

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