古野電気

日本の基幹産業である製造業にデジタルトランスフォーメーション(DX)の波が押し寄せています。各企業はどのような取り組みを行い、DXを支援するソリューションを提供しているのでしょうか。本シリーズ「ものづくりDXのプロが聞く」では、コアコンセプト・テクノロジー(CCT)取締役CTOの田口紀成氏が企業に直接訪問し、DXの担当者から現場の取り組みを深掘りしていきます。

今回、田口氏が訪れたのは、兵庫県西宮市に本社を構える東証プライム上場企業の古野電気株式会社です。魚群探知機をはじめ、さまざまな船舶用電子機器を生み出して、そこで培った技術を医療や情報通信分野にも展開し、事業領域の拡大を図っています。現在は建設DXにも力を入れており、その取り組みについて建設DX事業責任者の石野祥太郎氏に話をお聞きしました。

古野電気
左より石野祥太郎氏(古野電気株式会社)、田口紀成氏(株式会社コアコンセプト・テクノロジー)
石野 祥太郎氏
古野電気株式会社 技術研究所 建設DX事業責任者
広島大工・慶應大法卒の文理両道。広島大院工学系修士卒後、2011年に古野電気株式会社入社。以来、マイクロ波回路、無線システムの研究開発に従事。一貫して新商品・新技術・新市場の開拓に取り組み、2019年より建設DX事業責任者。現場に関わる全ての人が生き生きと働き、豊かに暮らせる社会の実現を目指している。
田口 紀成氏
株式会社コアコンセプト・テクノロジー 取締役CTO兼マーケティング本部長
2002年、明治大学大学院理工学研究科修了後、株式会社インクス入社。自動車部品製造、金属加工業向けの3D CAD/CAMシステム、自律型エージェントシステムの開発などに従事。2009年にコアコンセプト・テクノロジーの設立メンバーとして参画し、3D CAD/CAM/CAEシステム開発、IoT/AIプラットフォーム「Orizuru(オリヅル)」の企画・開発などDXに関する幅広い開発業務を牽引。2014年より理化学研究所客員研究員を兼務し、有機ELデバイスの製造システムの開発及び金属加工のIoTを研究。2015年に取締役CTOに就任後はモノづくり系ITエンジニアとして先端システムの企画・開発に従事しながら、データでマーケティング&営業活動する組織・環境構築を推進。

目次

  1. 世界初となる魚群探知機を開発 ベンチャースピリットに富んだ風土
  2. 無線技術の可能性の広がりを背景に建設DXへ参入
  3. あらゆる建設現場のDXをサポート
  4. 外部との連携が事業の進化を加速させる
  5. 建設DXを通じて働き方の改善に貢献したい

世界初となる魚群探知機を開発 ベンチャースピリットに富んだ風土

田口氏(以下、敬称略) 最初に、古野電気株式会社の概要・事業についてお聞かせください。

石野氏(以下、敬称略) 弊社はセンシング技術、情報処理技術をコアに、舶用電子機器をはじめ、ヘルスケアや通信・GNSSソリューション、防災、監視ソリューションなどの産業用電子機器の製造販売を行っています。現在は私が責任者となり建設DXの事業も推し進めているところです。

田口 1938年に前身の古野電気商会が創業し、その10年後には世界初の魚群探知機の実用化に成功しましたが、御社はどういった社風の組織なのでしょうか。

石野 ベンチャースピリットに富んだ会社だと私は思っています。魚群探知機を作り誰もが魚を獲れる社会を実現したいという創業者の願いから弊社の事業は始まり、その後も基本的には船舶に搭載する電子機器を開発・販売してきました。その間、1990年代には市場環境や為替の問題で波もありましたが、海で培った技術を他分野に転用し、医療機器の開発や新規事業の創出に挑んできました。こうした先人たちのチャレンジ精神は今も引き継がれています。

田口 石野さんもその1人で、社内ベンチャーを立ち上げ建設DXに取り組んでいるとお聞きしました。

石野 今までは事業部の予算で何とかしないといけない難しさがありましたが、2019年から事業部予算とは別に新規事業の挑戦を推進する戦略投資枠が設立されました。今はその投資枠のもと、建設DXの事業に取り組んでいます。これまで新規事業に携わってきたメンバーもそうですが、今の会社にあるものだけでうまくいくかどうかわからず、会社を支える1つの軸というか、波があった時に埋められるだけの事業に成長させたいと考えています。

田口 他にもどういった新規事業が立ち上がっていますか。

石野 魚の養殖業向けに、例えば生簀の中の魚の大きさを可視化したり、餌の費用を低減できるサービスなどで支援する事業や、IoT系ではV2X技術を使って車や人をモニタリングするような将来システムの開発、自治体向けに気象予測や防災分野のサービスも検討しています。

田口 知恵をベースに、困りごとはマーケットにあるという前提でいくつもの取り組みを立ち上げてきたという点で、御社の創業者マインドを感じます。

古野電気
魚群探知機、マリンレーダーなどの船舶用電子機器において世界的な大手の古野電気。エントランスのオープンスペースの展示物にもその一端が見て取れる。

無線技術の可能性の広がりを背景に建設DXへ参入

田口 石野さんの経歴をご紹介ください。

石野 2011年に入社後、船舶関連業務ではなく、システム機器事業部でETC車載器などの開発に従事しました。海で培った技術を陸に応用し第2の創業へと私自身も陸の柱を立ち上げる事業に関わりたい、海の事業を超えるくらいのことができることで、面白い人生だったと後から思いたいと仕事に取り組んでいました。

ここでは車載機器などの開発を担当しましたが、大手とのコスト競争もありました。コアな技術を持ち戦いたいと思うようになり、4年半経ったころに技術研究所に異動することに。無線技術がこれから広がっていくと考え、その技術を勉強しながら、陸の市場でできることを模索していました。

そうした中、私は作ったサンプルやアイデアを展示会で披露していましたが、ある無線技術のイベントで建設会社の方から「建設現場やビルの中で使えるの?」などとお声がけいただき、まだ姿も形もありませんでしたが、本腰を入れようと決断したのです。うまくいく可能性は0.01%もなかったと思いますが、他の業界ではもっと可能性は低く、ならば確度の高いところでトライしたかったですし、建設業界の方が熱意をもって話してくれたこともあり、人のつながりで決めたところもあります。

田口 おっしゃるとおり人間関係は重要だと思います。

石野 ある意味、最初の投資家というか、はじめてのお客様はありがたい存在です。私は研究者としても人間関係やコミュニティは大切に思っていて、その中でビジネスが成り立っていることもたくさんあります。そのイベントでは3日間にわたり多くの方と話し、建設会社の方と出会いました。なかには古野電気を単なる電気工事会社だと思っていた方もいて、無名な会社の肩書もない者に声をかけてくださったのは、私という人間を見てくれたのかなと思います。

外に出ることの大切さも実感しました。社内で技術開発するだけでは、自分が思っている中でしか広がりませんが、会社から出て人と出会うことで思わぬことが起きます。その後も、テクノロジー総合展の『CEATEC』でも発表するなど、情報発信する効果をあえて狙っています。

田口 人の目に触れることが大切ですね。

石野 ゼロから始めたからこそ、余計にそう思います。

田口 御社の建設DXでは、携帯電話がつながりにくい高層階の建設現場や土木現場、地下現場など、さまざまな建設シーンに適したWi-Fiシステムを提供していると理解しています。その取り組みをいつ頃から外に発信し始めたのですか。

石野 最初に展示会に出たのは2017年で、技術研究所では2019年に試作品を元にした事業化の取り組みが始まりました。その後はコロナ禍で表に出す機会はありませんでしたが、2022年からは建設DXに関する技術や取り組みを紹介するオウンドメディア『建設DX Journal』もオープンしました。

田口 私どももそうでして、先ずは私どもを誰かが発見してくれないとどうなるかわかりません。弊社は3D技術に強く製造業とのお付き合いが多いのですが、建設業界でどのように活きるかまったく理解していませんでした。ところが、竹中工務店様が私たちを見出してくださり、随分と長くお取引させていただいています。ここでは設計と施工の両方で3D技術が活用されていて、現場でも使えるような正確さまで持っていく取り組みをしていますが、日本の独特な商習慣がある中で業界に入っていけるよう、情報発信にも努めています。

石野 私にできるのは作ったアンテナを展示するくらいでした。技術者からすると大したものではないでしょうが、見方を変えると刺さる層がいたということです。船舶事業ではよく知られている技術があり情報発信の必要はあまりなくても、それ以外は攻めないと知ってもらえませんから。

田口 マーケットでどういったものが求められているかを見るためにも、情報発信は必要です。途中のものを出せる・出せないで、成功するかどうかも大きく変わります。マーケットにニーズがあると成功に向かっていけますが、それがわからないとギャンブルになってしまいます。だからこそ私も情報を出すのには賛成で、石野さんがその道を作ったのは、革命的だと思いました。というのも、そこを突破できず、どうやって稼いでいいか悩んでいる日本企業が多いからです。

石野 世の中は変わりつつあり、自分たちだけで何とかしようということでもなく、今はそういった感じはなくなってきたように感じています。

田口 船舶では当たり前の技術を、どのような切り口で伝えることで、建設業界の方々に特徴的だと捉えられたのでしょうか。

石野 ショッピングセンターのような大型施設の中で無線同士のアンテナを張り巡らすようなイラストを描き、展示会に持っていきました。

田口 それが今では建設中の建物など、さまざまな建設現場に導入されているわけですね。

石野 建設は未知の業界で、Wi-Fiシステムを機に知ることになりました。すると、今でこそタブレットの導入が進みましたが、黒板や紙を使うなど非常にアナログな世界だとわかったのです。地下に潜ると携帯電話はつながらずオフラインの業務を皆さんされていて、そうなると労働力不足の課題もありますが、リモートでの業務が進めば、体の弱い方や女性でも、現地に赴かずに行える業務が増えるようになります

そこで思ったのが、遠隔業務というかオンラインのリモート業務を高めることで、働き方を変えることに貢献できないかということでした。それは最後の目標ですが、そもそもはネットワークがないので作ることから入り、船の事業がそうだったように、1つの技術を土台に2つ目、3つ目のサービスを提供することにつなげていきました。

古野電気
「ある無線技術のイベントで建設会社の方から『建設現場やビルの中で使えるの?』などとお声がけいただき、まだ姿も形もありませんでしたが、本腰を入れようと決断したのです」(古野電気 石野氏)

あらゆる建設現場のDXをサポート

田口 過去に学んだ成功体験は踏襲するという意味では、まったく新しいことではなく、得られた知見を使い成功に向かう姿勢は、実直に感じます。ちなみに、御社のサービスは、どういった点に特徴があるのでしょうか。

石野 ビルやトンネルの現場で使えるWi-Fiシステムを提供しています。世の中には民生品がありますが、温度変化や粉じんなど過酷な環境にさらされると壊れやすく、なかなか導入に至っていませんでした。ところが、我々にはそれこそ潮風を浴びても壊れず、筐体に水が一滴も入らないなど船舶で培った品質基準があり、使うネジ1つにもこだわっています。そんなクオリティの高い製品を、建設現場にも応用しました

電波にも工夫があり、トンネル向けの商品では従来のアクセスポイントの10倍の距離が飛ぶコンテナを開発しています。本来は10台置くところ1台で済むので、現場で運用上の課題は解決しました。アンテナなど必要な設備はすべて筐体の中に組み込み、設置するだけで導入できるのも好評です。本来はさまざまな建設現場で導入できますが、「建設現場向け」「土木現場向け」とわかりやすく伝えることも重要で、「トンネル工事ならこれをお使いください」と、シーン別にシステムを提案しています

人や物の位置をモニタリングする新システムの開発も進め、今期中には実証実験も行う予定です。これにより、作業員がどこにいるのか、作業車のバッテリーは充電されているかなど、現場で確認しなければならなかった情報がウェブ上で見られるようになり、現場での巡回や管理監督業務を効率化できると考えています。

古野電気

田口 それは、2024年から始まる残業規制問題にも関係していますか?

石野 おっしゃる通りです。来年からゼネコン社員の残業が規制されるので、現地での立ち会い業務は効率化したいはず。台帳作成など日常業務に必要な情報を提供することなどもできれば良いと考えています。我々も現場業務は素人なので、専門家と協力しながらシステムの構築を進めています。現状として、ウェブカメラを導入いただいた現場では立会検査などの現場作業が削減できたなど、良い反響をいただきました。

例えば、照明一体型のゲートウェイはBluetoothで情報を回収し、Wi-Fiにアップするというものです。現場には電源を取る場所がなかったり、電源を確保しても抜かれることもあります。粉じんが多いと故障も気になりますが、どうしようかと思い天井を見たら、照明があることに気づきました。現場の仮設照明は一度設置するとあまり動かさず電源も確保できるので、その中に全モジュールを入れることにしました。AC200ボルトで動き高温でも安定動作するので、多くの方に支持されています。こういったことも、現場に入り色々見ながら日々開発しています。

田口 技術的にできそうな気はしますが、そこに至るには現場でのニーズや環境に対するインプットがあるからこそだと思います。情報を先に出し会話が成立して、フィードバックするサイクルが製品開発のプロセスになっていると感じました。こういう動き方は御社にとって普通のことなのでしょうか。

石野 品質試験をクリアした試作品を早期にお客様に提供し、どんどん改良する「スモールスタート開発プロセス」という仕組みを立ち上げました。少量を市場に当て、うまくいくと量産する最初のところを速く回すプロセスが構築できました。

田口 失敗をしながら成功に向けて動くのに、本社から割り当てられたファイナンスだけではキツイと思いました。針を通すような話しであり、何か成功のプロセスがあるか、ファイナンスにオプションがあるのかと想像しましたが、前者がしっかりと作りあげられているイメージに向かっていると感じました。

石野 制度は始まってから数年で、改良の余地はあります。社内だけの投資では厳しく、その辺りは会社に提言しているところです。

田口 私が言うのは何ですが、別会社や子会社にするのが良いのではないかと思いました。その方が事業は加速するでしょうし、建設現場の2024年問題をターゲットにしたソリューションだと訴求すれば、投資もつくでしょう。

古野電気
「新技術の開発に至るには現場でのニーズや環境に対するインプットがあるからこそだと思います。情報を先に出し会話が成立して、フィードバックするサイクルが製品開発のプロセスになっていると感じました」(コアコンセプト・テクノロジー 田口氏)

外部との連携が事業の進化を加速させる

石野 内製化だけで新市場に向けた事業は容易ではなく、アプリケーションや現場で取り切れない部分は、得意な方たちと組みたいと思っています。我々はハードウェアの開発は得意ですが、それだけではビジネスにならず、オープンイノベーションのキーワードのもと、ベンチャー企業との協業を実施しています。

田口 進捗具合はいかがですか。

石野 お金をかけてできないので細々と一緒にやっていますが、モチベーションは高いので、ゴールを目指して粛々と進めています。事業にはお金も必要ですが、自分と異なる能力を持つ人こそ必要です。社外にたくさんいるからこそ、より連携を深めたいと思います。

田口 弊社は社員約300名で、売上は121億円。SIの1人当たりの売上は、平均2000万円の倍となる4000万円あります。なぜかというと、パートナーさんと一緒になり、利益を共有しているからです。色々な人を巻き込み一緒にやることがマーケットに早く価値を届けるには効果的で、我々はこの手法を使うことで上場しているところもあります。どうすれば、そういったパートナーを見つけることができるかは、今後もお話しできればと思います。

古野電気
「ベンチャー企業との協業で感じるのは自分と異なる能力を持つ人こそ必要だということです。社外にたくさんいるからこそ刺激を受けるので、これからもより連携を深めたいと思います」(古野電気 石野氏)

建設DXを通じて働き方の改善に貢献したい

田口 御社はオープンイノベーションとして新規事業の創出を目的とした『FURUNO 建設DX アクセラレーター』プログラムを、2022年1月5日より始めました。

石野 無線LANから始まり、スーパーゼネコンを含めかなりつながりが生まれましたが、我々がやりきれない部分を他社と組み合わせて、一緒に提案できればと考えました。これまでに40社ほどご応募いただき、一緒に展示会に出展したり、ヒアリングを実施した企業もあります。製品化・企画には至りませんが、継続して取り組んでいきます。

田口 色々な企業とつながることで、クロスセリングや横展開があると思います。

石野 『CEATEC』や『建設DX展』で、ベンチャー企業の技術をコンセプトにして発表しています。イベントによっては数千人が訪れるので、大規模なヒアリングも実施できます。

田口 建設DXに向けて多岐にわたる取り組みをしていることが、本日のお話でわかりました。

石野 チャレンジすることが評価される社風ですし、失敗しても責められることはありません。今後はチャレンジ意欲のある若手を巻き込み、次代を担う人材も育てたいと思います。取引先からは「現場で役に立った」との声がダイレクトで届くようになり、とてもうれしいですね。そんな成功体験が、次のモチベーションにつながっています。

田口 今後の意気込みや展望について、一言お願いします。

石野 建設DXは伸びる市場と言われていますから、自分ができることを通じてその成長に関わりたいと思います。メディアも運営しているので、素人ながら旗振り役のようなこともさせていただきながら、一種の啓蒙活動も行いたいです。最終的には、建設DXで働き方が変わるなど、そういったところに貢献できればと思います。

田口 御社の建設DXについて、詳しく知ることができました。石野さんがおっしゃるように、まだまだ伸びる市場ですから、さらなる活躍が目に浮かびます。本日はありがとうございました。

古野電気

【関連リンク】
古野電気株式会社 https://www.furuno.co.jp/
株式会社コアコンセプト・テクノロジー https://www.cct-inc.co.jp/

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